読書熊録

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トリックスターがいたころ―「バブル1980-1989 日本迷走の原点」

 

バブル:日本迷走の原点

バブル:日本迷走の原点

 

  自分は「バブル」後に生まれた世代であることはなんとなく認識していても、バブルとは一体いつから始まって、なぜ終わったのか、腹落ちするくらいの理解はできていなかった。「HONZ」さんで、「バブルを知らない世代に読んでほしい」と挙げられているの見て、手に取った一冊。

 

honz.jp

 

「『土地神話』と『銀行の不倒神話』は、日本の経済制度としてワンセットだった」(101P)

  日本の80年代バブルは、「土地バブル」、土地の価値が上がり続ける神話を寄る辺にした経済活動が、神話の崩壊と共にはじけた熱狂だった。正直に言えば、読後もなお、バブルを理解した手応えは心許ない。それは「仕手戦」「ファントラ」などの経済用語や仕組みが基本知識として頭の中で整理できていないことが大きいけれど、この時代の「ユーフォリア(陶酔的熱狂)」(2Pなど)を体験しなければ、バブルの異様さは肌感覚でつかめないのかもなあと、言い訳のように思う。

 

 胸に残ったのは、この時代をかき回した「勝負師」の群像劇だった。とにかく壮大。たとえば、「イ・アイ・イ・インターナショナル(EIE)」の高橋治則氏は

「85年のバブル初期から、わずか4年で1兆5000億円まで借り入れを膨らませ、国内外で不動産やホテル、ゴルフ場を買いまくった男」(165P)

だという。これが彼一人なら、最近で言う与沢翼氏のような存在かもしれないが、ごろごろ出てくる。「私の持ってる株は、必ず流通業界の効率化と再編につなげる」(181P)と公言していたという「秀和」の小林茂氏。大阪の料亭経営者であっても1人の人間でしかないのに、日本興業銀行金融債権2500億円以上を買い付け、負債総額4300億円で個人破産した尾上縫氏。

 

 なぜ勝負師と呼ぶかと言えば、大方の人物が巨額のビジネスに取り組みながら、最終的には逮捕されたり破産したりしているからだ。それだけ危ない橋だった。

 

 筆者の永野健二さんはバブル当時、日経新聞証券部記者などで現場に身を置いていた。永野さんは彼らを「トリックスター」(177P)と表現する。

 「トリックスターという言葉は『詐欺師。ペテン師。手品師』など、あまり好意的な言葉としては使われない。しかし言葉本来の意味は『神話や民話に登場し、人間に知恵や道具をもたらす一方、社会の秩序をかき乱すいたずら者』である。そして『道化などとともに、文化を活性化させたり、社会関係を再確認させたりする役割を果たす』(大辞林)」(177-178P)

 勝負師が時代を波立てたことを、蔑むでもなく、あがめるでもなく、フラットに描き出す姿勢はとってもフェアだ。そして思うのは、変革期、混乱期にはトリックスターが躍り出る。いまの社会でトリックスターにあたる人物が誰かを探し、ウオッチすることで、時代を観測する座標軸を得ることができそうだ。