読書熊録

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骨は見えないー「骨を彩る」

淡い黄色のイチョウが舞う表紙に心ひかれた。作者・彩瀬まるさんが、住野よるさんの「よるのばけもの」の書評を週刊文春に書かれていて、なんとなく優しい人だなと感じたのも、本作「骨を彩る」を手に取るきっかけになった。表紙のように儚く、そっと手を触れなければ形がかわってしまう、そんな物語だった。

骨を彩る (幻冬舎文庫)

骨を彩る (幻冬舎文庫)

連作短編集。裏表紙にあらすじが書かれている「指のたより」が入り口になる。病で妻を亡くした主人公・津村が、遺品の手帳を開き、言葉を失う。「だれもわかってくれない」。妻はそう記していた。メモ書きのようにちりばめた言葉の中に、それ以上の説明はない。 妻はどんな気持ちで、誰に宛てて、もしくは誰にあてるでもなく、「だれもわかってくれない」と書いたのか。知りたい。でも亡くなった人の真意に、心に触れることはできない。

津村は答えに辿り着きたい思いにかられながらも、妻の気持ちを簡単に決めつけることへためらいを覚える。まだ幼い娘の小春が、生きている人間が死者を語ることの難しさを率直に指摘する。

「野口おじさんは目、おばさんは耳、いとこのさっちゃんは頭のかたち、光浦のおばさんは笑った時の印象。おじいちゃんとおばあちゃんはなんだっけ、生え際と後ろ姿? みーんな、適当。適当に、私が年々お母さんに似ていくって言って、しんみり気持ちよくなりたいだけなのよ。パパも、勝手にお話を作ってるんじゃないの」(p31)

表題に入っている「骨」というものは、だれにも見えない。レントゲンは骨を無理くりにみせるだけで、見えているわけではない。喪失感というのもまさに骨と同じで、その全てをはっきりとは捉えられない。うずくのは感じる。もどかしく思う。でも皮膚を剥いで、中身をとりだして、これが私の喪失感か、と手に取ることはかなわない。 小春が訴える違和感は、自分にすら分からない痛みを、なぜ外野がレントゲンを照射するように語ってしまうのかというものなんだと思う。津村も、この小春と似たように感じながら、それでも、妻が逝く前に抱えていた痛みを、知りたいと願う。

「指のたより」に続く「古生代のバームロール」「ばらばら」「ハライソ」「やわらかい骨」は、リレーのように、津村に関わる人が次の主人公になっていく。誰もが津村とはまた違う痛みを抱えている。それでも生きている。彩瀬さんは、痛みを感じながら、それでも感じずにはいられないまま、生きていくことを描く。そうすることで、ままならぬ人生をそっと、肯定してくれた。

住野よるさんの作品も、痛みを手当てしてくれる小説です。「君の膵臓を食べたい」「よるのばけもの」の感想はこちらです。

www.dokushok.com

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