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ドラえもんと「有用性」―書評「人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊」

人工知能(AI)が普及した未来では、雇用・労働はなくなる。その未来は、13年後の2030年から、もう始まっていく。本書「人工知能と経済の未来」で、著者井上智洋さんはそんな衝撃的な予想を打ち出していく。そして、そんな社会でどう生きるのか。人々が生きていくのにどんな社会設計が必要かを、分かりやすいたとえと平易な文章で説明してくれる。

  

人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書)

人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書)

 

 

ルンバとドラえもん―AIには2種類ある

AIにはある目的に対して設計された「特化型人工知能」と、人間のように様々な知的作業をこなす「汎用人工知能」の2種類がある。このうち、いまの生活を便利にしてくれているものは全てが「特化型」で、我々人間の労働を消滅させかねないのが「汎用」の方だ。要するに特化型AIはルンバであり、汎用AIはドラえもんということ

 

本書の前半では、ドラえもんを作るために、のび太くんのニーズに的確に応えて道具を出すのに必要な「頭脳」の仕組みを解き明かす。ここを読むと、なぜ現在は特化型しかないのか、人間の脳を模倣することにつきまとう困難が見えてくる。

 

ドラえもんは明らかに人間と対等に渡り合う頭脳を持っているが、さらに人類を上回る機械が登場するのがいわゆる「シンギュラリティ」になる。シンギュラリティが到来するかどうかも議論があるようで、その点にも本書は触れる。シンギュラリティを予感させる技術革命として、たとえば発明家カーツワイルが指摘した「GNR革命」を紹介。筆遣いが軽妙なので、こういう部分部分もとっても楽しい。

 Gは遺伝子工学(Genetics)、Nはナノテクノロジー(Nanotechnology)、Rはとボット工学(Robotics)の略です。

 Gの発達によって、例えば「人造肉」が可能になります。「人造肉」の技術によって、生きた動物を畜産するのではなく、タンやレバーといったパーツだけど工場で作り出して食肉として提供できるようになり、私たちは牛や豚をあやめることなく、肉を食べられるようになるのです。(中略)

 ホントかよ!と思いましたか? この技術、実は既に存在しています。カーツワイルが『シンギュラリティは近い』で未来の技術として人造肉を紹介した2005年の8年後、2013年にシャーレで培養した人造肉を使ったハンバーガーの試食会がロンドンで行われました(P46)

 

 

肩車効果と取りつくし効果

ドラえもんがいれば、確かに人間は働く必要はないかもしれない。感覚的に納得できそうな話だが、著者は「AIは本当に人間の雇用を奪うのか?」という問い掛けを、これまでの産業革命を振り返り、解きほぐしていく。

 

この中で、イノベーションの「肩車効果」と「取りつくし効果」という話が非常にためになった。

肩車効果はニュートンの言葉に由来するとされ、先人の積み上げた知見によりイノベーションが容易になる時期、すなわち「巨人の肩に立っている」状態。肩車効果が発揮されているときはイノベーションが相次ぎ、技術が次々と蓄積していくが、だんだんと新しいアイデアが乏しくなる。これが「取りつくし効果」になる。

 

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肩車効果と取りつくし効果は裏腹な関係で、どちらが優位にあるかで豊かさの拡大、イノベーションの活況が移ろう。つまり、成長やイノベーションというのは、単純な右肩上がりにはならず、取りつくし効果が優位になればぐっと鈍化する。

だから、技術革新が進んでいるとき、そのままのペースで進むとは限らないし、一方で変化が緩やかになった時期に、その安定も続かない。やがて次の革新技術と「肩車効果」がやってくる。現在を特化型AIの肩車効果優位のフェースと捉えると、やがてその変化が緩やかになった後、汎用AIが登場するかもしれない。ドラえもんの前では、クリエイティブな仕事も、介護のように人が人を助ける仕事も、みんな「代替可能」になるかもしれない

 

ベーシックインカムと「有用性」の曲がり角

ドラえもんが人間に変わって労働をするようになると、一部の資本家を除き、ほぼ全人類が失業した状態になる。この社会で生活保護や児童手当のような今日的な社会保障を維持するより、ベーシックインカムを導入すべき、というのが著者の提案になる。

ベーシックインカムとは、いわば「みんな手当て」。こういう条件なら給付をしようという我々になじみのある社会保障ではなく、日本であれば日本国民「全員」に、月々数万円・十数万円を給付していこう、という制度だ。

なぜベーシックインカムが必要なのかは本書の読みどころの一つなのでぜひ読んでいただきたい。「機械が働き人間がベーシックインカムを受け取り生きる社会」という未来予想図が、リアリティをもって頭に入ってくる。

 

そこまで理解が進むと、本書後半で登場する「有用性」の議論が知的好奇心を刺激する。

 「有用性」というのは、20世紀前半のフランスの思想家で小説家のジョルジュ・バタイユが提示した概念で、要するに「役に立つこと」を意味します。バタイユは有用性を批判するような思想を展開しました。(中略)

 バタイユは「有用性」に「至高性」を対置させました。「至高性」は役に立つと否とに関わらず価値のあるものごとを意味します。「至高の瞬間」とは未来に隷属することない、それ自体が満ち足りた気持ちを抱かせるような瞬間です。(P236-237)

 

 

自分自身も、仕事が「いま、自分が生きる意味」の大半を占めていて、それはすなわち「有用な」自分を何よりも求めているということだと思う。AIが労働・雇用を奪うと聞いて条件反射で拒否反応を抱いてしまったのも、彼らが「自分の有用性」を奪っていくように感じたからだと思う。

でも、人間の生きる価値は、果たして「有用性」だけか。ドラえもん、汎用AIの登場は人間の価値を奪うのではなく、「人間にとって本当に至高の瞬間・至高の価値ってなんなんだ」と問い掛け、新たな地平を開くものなのかもしれない。

 

この本を手に取ろうとなるきっかけになったのは、成毛眞さんの「AI時代の人生戦略」。機械が働き人間がベーシックインカムを受け取る社会もそうだが、やっぱり技術革新の先の未来は成毛さんが指摘するように、SF的。SFをもっと読んで頭の体操をしよう。あと、資本主義社会の限界を指摘した「限界費用ゼロ社会」の問題意識ともつながる部分がある。

 

www.dokushok.com

 

 

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今回紹介した本は、こちらです。

 

人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書)

人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書)