読書熊録

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何度でもローンチせよー読書感想「エアビーアンドビー ストーリー」(リー・ギャラガー)

たった3人で始めたスタートアップが世界を驚かすまで成長したのは「失敗したら何度でもローンチ(出発)すること」を徹底したからだった。フォーチュン誌のエディターであるリー・ギャラガーさんが取材した「エアビーアンドビーストーリー」(関美和さん訳)は、「民泊」ビジネスで先駆けた「Airbnb(エアビーアンドビー)」の創業記だ。全く浸透しなかった最初期、軌道に乗った後に負の側面が噴出した時、組織が大きくなって空気が変わった時…。チャレンジにつきものの「壁」の超え方を、昔話でなはく「時代のフロントランナーの生の言葉」で味わうことができる良書だった。日経BP社。(2017/10/09追記)

 

Airbnb Story 大胆なアイデアを生み、困難を乗り越え、超人気サービスをつくる方法

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関係ないシリアルを売ってでも諦めない

エアビーは「エアベッド&ブレックファスト」が元で、最初は家賃の支払いに困った若者・チェスキーやゲビアらが、部屋の空きスペースにエアベッドを貸し出して朝食を振る舞う、すなわち「間借り」してもらえれば賄えるのでは?という発想がスタートだった。著者が指摘する通り、間借り人や下宿人はビジネス以前の慣習として昔からあった。日本だって、夏目漱石の「こころ」に描かれている。

 

だからこそ、「これをスタートアップにしよう」としたチェスキーらは苦戦する。多くの投資家は「それがビジネスになるのか」「誰が好き好んで、見ず知らずの旅行客に部屋を貸すのか」という反応だった。全然カネが集まらず、せっかくのスタートアップはなかなか空に向かって浮上しない。

 

困りに困ったチェスキーらは、資金を稼ぐために市販のシリアルをデザインしたパッケージに詰め替えて売ることまでした(エアビーの販促品という位置付けではあるが)。一時的に「シリアル屋」にまでなった。当時は08年、オバマ氏がブイレイクする大統領選の前で、名前は「オバマ・オー」だった。

 

しかしこの圧倒的な粘り強さが、思わぬ幸運を引き寄せる。面接で投資家グレアムの目を引いたのだ。

 (中略)面接が終わって帰ろうとしているときに、ゲビアがカバンからシリアルの箱を取り出した。(中略)ゲビアは、パートナーたちと話しているグレアムのところに近づいて行き、シリアルを手渡した。グレアムはぎこちなくありがとうと言った。おみやげにしては妙だと思った。いえ、おみやげじゃなくて、コレ自分たちでつくって売ったんです。それで会社の資金にしたんです。ゲビアたちはオバマ・オーの制作秘話を披露した。グレアムは座って聞いていた。

 「へぇー」。少し間があった。「君たちゴキブリみたいだな。絶対に死なない」(p58)

まさに何度でもローンチしろ。石に齧りついてでも。

 

結果を操るより、価値観に従う

光があれば影がある。「世界中に居場所をつくる」がコンセプトのエアビーにとっての光は、あたたかいホストや、画一的なホテルではできない宿泊体験ができることで、次々にファンが増えること。一方で、もしもホストに悪意があれば、やってきた旅行客に牙を剥くこともある。反対にゲストに悪意があれば、せっかくの部屋を無茶苦茶にしたり、乱痴気騒ぎの会場にもしてしまえる。そしてそれは、実際に起きた。

 

11年、EJを名乗る女性ホストが、エアビーでマッチングしたゲストに部屋を破壊されたとネット上で打ち明けた。悪意のある徹底的な破壊だった。事業で軌道に乗り出していたエアビーは、この危機対応で後手に回る。「犯人はわかったが情報は渡せない」と言ったり、「ブログを取り下げてくれ」と要求したり、ユーザーファーストでファンを増やした企業が自分本位の対応に走ってしまった。

 

しかし、リーダーのチェスキーはここで、率直に対応の誤りを認めて方針転換した。

 (中略)アドバイザーの言うことを聞かないほうがいい、とチェスキーはやっと気がついた。「あの時期は、思いやりがなくなったわけじゃないけど、自分の優先順位が昔と逆転していた。暗い時期だった」。結果を操ろうとするのをやめて、自分たちの価値観に添って経営すべきだと気がついた。僕は謝らなければならない。心から謝らなければ。(p102)

結果を操ろうしないのは、本当に大切だけれど、自分もつい忘れてしまう。この場合の結果、EJが直面した苦しみや悲しみは、EJのものだ。本来コントロールするなんて傲慢だ。でも、それに気付けたエアビーは強い。何度でもローンチしよう。時には影を背負ってでも。

 

象、死んだ魚、嘔吐(ぶっちゃけ)

エアビーは世界を席巻し、日本を含め世界中に数万単位の「ホスト」を抱え、もはやホテル業界の脅威となっている。日本で民泊は、説明不要なくらい一般的な単語になった。

 

事業の規模が拡大し、会社組織が大きくなると、風土も変わる。エアビーも当初の自由闊達な文化が損なわれそうになった時、キーワードの一つになった標語が面白い。それが、「象、死んだ魚、嘔吐」だ。

 

これはゲビアの緻密な仕事ぶりゆえに、完璧じゃない仕事や、発生した問題を共有しにくい空気になった時に、ゲビア自身がフィードバックを受けて学んだ理論。

 

  1. 「象」は口に出さないけれど全員が知っている真実
  2. 「死んだ魚」は早くごめんなさいをしたほうがいい悩みのタネ
  3. 「嘔吐」は断罪されずに胸の内を話すこと。つまり「ぶっちゃけ」(以上p274ー275)

 

 社内を振り返ってほしい。こんなに長時間働いたら生産性落ちるしかねえよという「象」を放置していないか。上司のパワハラという「死んだ魚」が異臭を放ったまま見て見ぬ振りはしていないか。「ぶっちゃけ」できずに、苦しみを抱えさせている人がいないか。エアビーはこのキーワードを大切に出来たけど、日本では一つも口にできない企業もありそうだ。ローンチしたい、我々も。

 

ギャラガーさんも注釈しているのは、エアビーはいまもチャレンジし、この本が出版されたそのあとも、刻々と変化していること。この先もエアビーのローンチをわくわくしながら見守りたい。

 

今回紹介した本はこちらです。 

Airbnb Story 大胆なアイデアを生み、困難を乗り越え、超人気サービスをつくる方法

Airbnb Story 大胆なアイデアを生み、困難を乗り越え、超人気サービスをつくる方法

 

 

  小さく初めて少しずつ育てよ、というやり方をもっとユニークにイージーに指南してくれたのが伊藤洋志さんの「ナリワイをつくる」です。エアビーみたいになれるかは別にして、「ちょっとやってみよう」と思える一冊。

www.dokushok.com

 

 エアビーのようなテクノロジーとサービスの融合が社会のあり方を「拡張」していくことをもっと深く感じ取りたい方は、「現代の魔法使い」落合陽一さんの「超AI時代の生存戦略」を手に取ってみてください。考え方をアップデートできるはず。

www.dokushok.com