読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

日本企業版「失敗の本質」ー読書感想「東芝解体 電機メーカーが消える日」(大西康之)

日本国内の総合電機メーカーの興亡を構造的に解き明かす日本企業版「失敗の本質」が、本書「東芝解体 電機メーカーが消える日」だ。

第二次世界大戦で敗北した日本の組織論をモチーフにしていることは、著者の大西康之さんも「おわりに」で自認している。

元日経新聞記者で、「ロケット・ササキ」などの迫力あるノンフィクションを執筆している大西さん。本書も、電機メーカーの歴史から、日本経済の結びつき、グローバル競争からの「ガラパゴス化」まで、広く深く考察する。

東芝がここまで追い込まれた理由は。ソニーが「脱電機メーカー化」している? 

サラサラと答えられる自信のない方は、本書を読めばあっという間にキャッチアップできることは間違いない(自分は自信がないどころか、一言も説明できなかった身です)。講談社現代新書。

 

 

東芝解体 電機メーカーが消える日 (講談社現代新書)

東芝解体 電機メーカーが消える日 (講談社現代新書)

 

 

「総合」ゆえの「甘え」

失敗を構造的に考えるとき、その原因はいくつもの要素が絡み合う。本書はそれを一つ一つの解きほぐし、丁寧に整理してくれている。

いくつもの精緻な分析の中で、はっとされるものがいくつもあったが、その一つが日本企業が国際競争で負け込んだ携帯電話や半導体事業などはいずれも「本業ではなかったから」という指摘だ。

すなわち、「総合電機メーカー」ゆえの「甘え」を著者は指摘する。

 インテル最大の戦略転換である半導体メモリーからマイクロプロセッサーへのシフトを主導し、2016年3月に亡くなった元CEOのアンディ・グローブは、その著書『ONLY THE PARANOID SURVIVE(偏執狂だけが生き残る)』の中で、「偏執狂的な集中力で製品を開発し、投資し、競合相手を徹底的に叩き潰すことが、半導体産業の中での生き残る唯一の道だ」と語っている。だが、重電から家電まで幅広く手がける日本の総合電機に「偏執狂」はいなかった。半導体はいくつもある事業の中の一つに過ぎず「失敗しても会社が潰れることはない」という甘えの中で経営が行われていた。(p22)

これにすっと納得するのは、いま、「元気があるな」と思うメーカーはなんだか「偏執狂」的だからだ。

たとえば、トースターで人気を集めたバルミューダ。あのこだわりようは、どうしてもおいしいトーストを食べてほしいという思いがほとばしっていた。

 

本書の凄みは、こうした指摘をするときに「甘え」と言い切るなど、容赦をしないことだ。徹底的な経済取材に身を置いていたからだろうか、言うべきことを言うことに躊躇しない。

だから読者にも、分析がガツンと腹落ちする。

 

同時に、サラリーマンとしては自問しないわけにはいかないだろう。

自分は「偏執狂」的な仕事をしているか??

 

「作る力」と「売る力」

 本書は東芝を皮切りにするが、シャープ、パナソニック、NEC、日立、富士通、三菱電機と、大手総合電機メーカーの「失敗」に次々とメスを入れていく。

その展開に淀みはなく、非常に読みやすい一冊だ。それでいて「構造的」であることにも徹底している。

 

たとえば、各社の興亡を描くときに、日本経済に形成された「電電ファミリー」と「電力ファミリー」の癒着構造を解き明かす。

ここは本書の読みどころであり、表層的な失敗考察にとどまらないポイントなので、ぜひ読み込んでもらえたらと思う。

エッセンスとして、「作る力」と「売る力」という論点だけ取り上げたい。これは、本書に通底する大切な概念だと思った。

 

もっとも端的に指摘されているのは、シャープの章。

かつて、「世界の亀山」で知られる高性能液晶製造で日本経済を輝かせたシャープ。しかし、シャープやパナソニックがパネル工場の増強やさらなる高性能化に目を向けていた2000年代、国際的なデジタル製品の主戦場はスマートフォンに移っていた。

サムスン電子や中国メーカーは、こちらの市場に果敢に挑んでいった。しかし国内メーカーはどうか。

 スマホ革命の最中、シャープやパナソニックは国内で高精細と大画面化を競う不毛な競争を続けていた。その象徴が堺工場と尼崎工場である。相手がレーダーを駆使した航空戦を仕掛けてきたのに、それを大艦巨砲で迎え撃とうとしたのだ。

 日本の電機産業の失敗の本質はそこにある。(p118)

著者の例えがあまりに鮮やかだ。

 

その上で面白いのが、このシャープ堺工場の顛末だ。分社化された後、手に入れたのはいまや傘下に引き入れてしまったあのホンハイだ。

(中略)堺工場を手に入れたホンハイは、米新興テレビメーカーのビジオなどに販路を広げ、わずか数年でSDP(ブログ主注;堺工場のこと)を黒字化してしまった。作る力と売る力のバランスがいかに大切かがわかるだろう。(p116)

 

電化製品は素人には作れなかった。

だからこそ、「作る力」はたしかに大切だった。

でも、じゃあ「良く作った」ものが「良く売れる」とは限らないことを、大西さんは何度も強調してくれる。

むしろ、いまはSNSやシェアリングエコノミーなど、消費者が力をもって、何がほしいか、何が大切かを議論し、ときには製品そのものを共有する時代だ。

 

「作るものを売る」よりも、この声に耳を傾けた上で「売れるものを作る」ことがどんどんと大切になってくるだろう。3Dプリンターが普及すれば、素人も作れる「一億総メーカー時代」もやってくる。

 

本書の肝は実はこの、「失敗」を通じて「未来への準備」を始められることだ。

あらゆる分析は、揚げ足取りなんかじゃなく、これからのメーカーのあり方、企業のあり方へつながっている。

 

今回紹介した本はこちらです。

 

東芝解体 電機メーカーが消える日 (講談社現代新書)

東芝解体 電機メーカーが消える日 (講談社現代新書)

 

 

 3Dプリンタをはじめ、これからの経済・社会の形を学ぶなら、ノンフィクション「限界費用ゼロ社会」がおすすめです。

www.dokushok.com

 

思いもつかない方法で大企業の足もとがすくわれるドラマがお好きな方は、ノンフィクション「誰が音楽をタダにした? 巨大企業をぶっ潰した男たち」をぜひ。

 

www.dokushok.com