読書熊録

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機械親和性人間へー読書感想「超AI時代の生存戦略」(落合陽一)

 次の時代へ、考え方や生き方を「アップデート」する方法を学ぶことが、本書「超AI時代の生存戦略 シンギュラリティに備える34のリスト」のテーマになる。著者は「現代の魔法使い」とも称されるメディアアーティストであり研究者、落合陽一さん。自身がプログラマーでありエンジニア、クリエイターである落合さんの言葉は、人工知能(AI)や全てがインターネットにつながる社会(IoT)によって「人間性がなくなるのでは」という漠然とした恐怖=テクノフォビアを解消してくれる。

 鍵となるのは、これからの時代は「機械vs人間」ではなく、実のところ「機械親和性人間vs人間」であるということ。それをエッジの効いた言葉で伝えてくれる。大和書房。

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超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト

超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト

 

 

機械親和性人間vs人間

 「超AI時代」「シンギュラリティ」と聞くと、人間の活動のほとんどが機械に代替されることを想像する。すると「人間は人間にしかできないことをするのだ」と思ってしまう。しかし落合さんはプロローグで、たとえばベーシックインカムが保障され、人間が人間らしく活動できる世界は現実に存在し得ないのでは?と問題提起する。これは非常に現実的な指摘であると思う。

 

 それよりもむしろ、テクノロジー=機械との親和性を高め、機械と共存することが必要ではないのか、と。

 (中略)その上で、持たざるローカルに所属する人々が2040年代の世界をぼんやり想像しながら過ごす余裕があるだろうか?少なくとも日本ローカルに暮らす私たちにはないはずだ。機械との親和性を高めコストとして排除されないようにうまく働くか、機械を使いこなした上で他の人間から職を奪うしかないのだ。この構図は機械対人間ではなく、「人間」と「機械親和性の高い人間」との戦いに他ならないのだから。(p23) 

  本書で目を覚まさせられるのは、ここである。わたしたちは、未来で排除されないために、機械親和性を高めなければならない。「人間らしさ」という抽象的な楽観論に頼っていては、形を変えた「人間対人間」の戦いに淘汰されるだけだ。

 

常時接続性/非合理性

 議論はここから深まる。機械親和性を高めるためには、新しい技術を取り込み続けること。「生存戦略」の基本方針を示した上で、落合さんは「どう良く生きるか」にまで思考を進める。機械親和性がもとめられる時代の働き方・生き方である。

 

 そこでキーワードになるのが「常時接続性」と「非合理性」だ。

 

 いま、スマホやタブレットを触らない日があるだろうか?常にインターネットにつながり、常に仕事ができるし、反対に常に家事や生活管理もできる。それが「常時接続性」だ。こうなると、旧来的な「オン・オフ」の概念、仕事をする時間と余暇の時間を切り分ける発想が無意味になってくる。これを落合さんは「ワークアズライフ」と表現する。

 そういった時代背景は、グローバル化とインターネット化と通信インフラの整備によって、ワークライフバランスという言葉は崩壊したことを意味している。ワークとライフの関係性は完全に「バランス」ではなくなった。これからは「ワーク”アズ”ライフ」、つまり差別化した人生価値を仕事と仕事以外の両方で生み出し続ける方法を見つけられたものが生き残る時代だ。(p32)

 

 この「価値を生み出す」という点において意識したいのが「非合理性」だ。合理性、つまり、ある目的に最短距離で効率的に向かっていく作業において、人間は決して機械に勝てない。機械親和性とは、合理性において「機械に勝てないから、任せよう」という発想にも近い。 

 勝てないということは、競争自体に意味がない、ということにもなる。争ったって、勝てないんだもん。そこで落合さんは「ブルーオーシャン」の重要性を説く。

 ブルーオーシャンな考え方というのは、他人と違うことをやっていくことを基本にすることだ。また、自分しかそれをやっていないけれど、それが正しいと信じることだ。つまり、ブルーオーシャン的な思考をするのは、競争心とは真逆の考え方である。(p46)

 

 あるいは、非合理性をキーワードにこう語る。

 非合理なことと合理性のあることを比べれば、合理性のあることは機械のほうが断然得意である。

 けれど、合理性はなぜ生まれてくるかというと、ある問題のフレーム、もしくはゴールを設定したときに、そこまでどうやって最短でたどり着くか、という計算できる世界があるから合理性が生まれるわけだ。

 フレームがない状態では、合理性かどうかということは、なかなか言いにくい。つまり、先ほど挙げたランニングや釣りのように明確なゴールがないときに、合理性というモノサシは判断の軸にならないわけだ。(p102)

 自分でフレームを設定し、問題解決の段階で機械と協働し、価値を生み出す。そのためには、ブルーオーシャン、自分だけが打ち込める何かが必要だ。それに邁進するには、きっと「好き」が原動力になる。「好きなことで生きていく」は、機械親和性人間の一つのスタンダードになるのかもしれない。

 

ギャンブル・コレクション・快楽

 本書は後半にかけて、さらに「良く生きる」ことについて分解し、具体的なメソッドを示していく。そこで特に面白かったのが、ゲーミフィケーションの考え方だ。

 ある物事を「好き」であるとは、どういうことなのか?それをゲームの概念から解き明かしてくれるのが、ゲーミフィケーションである。落合さんの言葉ではズバリ、「ギャンブル的・コレクション的・快楽的」の3つのファクターに集約される。

 僕の場合であれば、研究をするということが好きな理由が3つある。評価 が得られるという点でギャンブル的ということ、作品が残るという点でコレクション的ということだ。また、成果自体が見えるときは自分の五感の新たな体験として感じることができて快楽的でもあるので、実は3つが適度に合わさっていると言える。(p70)

 これはブロガーのみなさんにも覚えもないだろうか?pvやブクマの数が毎回違う、たまにバズる可能性があるという点でギャンブル的だし、エントリーが増えていくという点でコレクション的。そして伝えるということそのものが快楽的だったりしないだろうか。

 

 要するに、ギャンブル的・コレクション的・快楽的な要素を洗い出して、バランシングできれば、その物事を「好き」になれる。これはちょっと面倒だなと思う仕事にも応用できそうだ。ゲーミフィケーション、すごい。

 

 今回紹介したエッセンス以外にも、「自傷行為と遺伝子レベル」「趣味としての子育て」など、ユニークなキーワードがたくさん上がっている。読むだけで、落合さん流の思考をインストールできる好著でした。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト

超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト

 

 

 AIやシンギュラリティの基礎、その上で「何を学べばいいのか」を学ぶには、成毛眞さんの「AI時代の人生戦略 『STEAM』が最強の武器である」がおすすめです。読んだのはもう200日以上前ですが、いまだに教科書的に使ってます。

www.dokushok.com

 

 非合理性、といえば恋。今年一番の恋愛小説は、燃え殻さんの「ボクたちはみんな大人になれなかった」だと思います(9月時点)。全然違う分野ですが、読んでいただきたい一冊。 

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