読書熊録

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2017年新刊の小説・ノンフィクションから全力で10冊推す

今週のお題「読書の秋」

 2017年もたくさんの素敵な本が登場しました。「読書メーター」で記録を始めた3月21日以降、読了した数は72冊(9月下旬時点)。このうち今年発売されたノンフィクション、小説、エッセイの中から、全力でオススメしたい10冊を選びました。

 

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①ボクたちはみんな大人になれなかった 

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

 

  新潮社から6月30日発行。2017年がどんな年だったかをこの先振り返るとして、きっと「ボクたちはみんな大人になれなかった、を読んだ年」、と思い出すであろう、強烈な恋愛小説だった。

 作者の燃え殻さんは「都内で働く会社員」で、いわゆる小説専業で食べているような「小説家」ではない。会社員でいること、都会で生きること、ままならない恋愛を忘れられないこと。あらゆる「平凡な寂しさと幸せ」が丁寧に丁寧に描かれている

 舞台となった90年代に青春時代を過ごしていてもいなくても、そもそも生まれていなくても、その空気感を大きく吸い込める。現代と過去の記憶を行き来して、フェイスブックのメッセンジャーと、「デイリーanan」の文通コーナーが作中に同時に登場するところが、なんとなく17年発売の小説っぽいなと思う。

 糸井重里さん、「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わすガール」の大根仁さん、「ごめん、愛してる」の吉岡里帆さん、「多動力」の堀江貴文さんなど、帯で激賞されているメンバーも17年を代表する顔ぶれ。

 

 「あのころの恋人より、好きな人に会えましたか?

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②声をかける

声をかける

声をかける

 

  晶文社から7月30日発行。25歳の「僕」が、東京の路上で「ナンパ」を繰り返す様子をレポートしたノンフィクションとみられる作品。「みられる」なんて回りくどくなっちゃうほど、現実なのか創作なのか掴めない空気感が魅惑の一冊だった。

 なぜナンパをするのか、女性はなぜナンパを受け入れるのか。そこには「自分を分かってほしい、受け止めてほしい」という、胸の真ん中にぷかぷかと浮かび続ける「寂しさ」があった。この埋められない孤独は、「いま」を考える上で大切なキーワードだと思っている。逆説的だけど、自分は読後、「一人で生きられるほど強くなりたい」と思った。

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③ヒルビリー・エレジー

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

 

  光文社から3月20日発行。17年を代表する人物は間違いなく、米大統領ドナルド・トランプ氏。トランプ大統領が生まれた背景にある米社会の分断、白人階層の貧困化、産業地帯の疲弊(ラスト・ベルト)を、「当事者の言葉」で語るというストレートなノンフィクションだった。

 著者のJ.D.ヴァンスさんは弁護士だが、その生まれはラスト・ベルトに位置するオハイオ州の鉄鋼業の街。メモワール(回顧録)のかたちで、錆びついた工業地帯に渦巻く「絶望の吹き溜まり」を描き出していく。本当の苦しみは、お金がないとか、先行きが見えないだけじゃなくて、「自分はこの社会に必要ないんじゃないか」という無力感なんだと実感する。そしてそんな閉塞感は、日本社会にとって他人事じゃない。乾いた風の音が聞こえた。

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④巨神計画(上下巻)

巨神計画 上 (創元SF文庫)

巨神計画 上 (創元SF文庫)

 

  創元SF文庫から5月12日初版。「原稿段階で即・映画化決定のデビュー作」というオバケ小説。「エヴァンゲリヲン」「進撃の巨人」「星を継ぐもの」が好きな人は絶対にハマる。

 自分がこの本の好きなところは、「地球の地下に埋められていた巨大人型兵器の秘密を解き明かす」という壮大なストーリーが、作者のシルヴァン・ヌーヴェルさんが「息子に作ってあげようとしたおもちゃのロボットのバックグラウンド・ストーリー」というめちゃくちゃ身近な動機をスタートにしていることだ。だから読みやすいし、いい意味で設定が大味な部分もあってハチャメチャ感も楽しめる。終わり方から、明らかに続編があるのもグッド。来年以降が待ち遠しい。

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⑤Aではない君と

Aではない君と (講談社文庫)

Aではない君と (講談社文庫)

 

  講談社文庫から7月14日発行。薬丸岳さんが吉川文学新人賞を射止めた本作のテーマは、「少年犯罪の加害者」。小説だからこそ描ける内面の機微にあふれているから難しいかもしれないけれど、いつか実写化してほしいなと思う濃密さだった。

 本作の登場キャラクターたちは、いい意味で、簡単に手のひらを返す。そこにリアリティや、薬丸さんのフェアネスを感じる。自分を省みても、「自分は過去に人を殺したんだ」とか「私の息子があの殺人事件の容疑者なんだ」と言われて、態度を変えないほど信頼関係を結べている人はどれくらいいるだろう?裏表紙の「少年犯罪に向き合ってきた著者の一つの到達点にして真摯な眼差しが胸を打つ」という惹句は、的確に本書の魅力を表している。

 

⑥未必のマクベス

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

 

  ハヤカワ文庫JAから9月20日印刷、25日発行。まだ読んでいる最中という超最新作。しかしながらすでに今年トップクラスの超おもしろ小説の予感がある。

 手に取るきっかけになったのは、なんといっても帯にある「本書を読んで早川書房に転職しました」という、営業部Oさんの推薦文。人生変わりすぎ!。「初恋の人の名前を検索してみたことがありますか?」というコピーも意味深すぎる。

 作者の早瀬耕さんは1992年に「グリフォンズ・ガーデン」でデビューして以来、本作を14年、実に22年ぶりに発表したという。雌伏の期間がすごい。

 

⑦裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (at叢書)

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (at叢書)

 

  太田出版から2月11日発行。沖縄生まれの教育研究者・上間陽子さんが、沖縄の少女・女性にじっくりと向き合い、その「痛み」を聞き取った。

 言葉にならない痛みを、どう言葉にしていくかというのは、終わりのない難題だ。ここまで慎重に、「あなたの痛みはあなたのものだから、私にはなかなか言葉にできない。それでも聞かせて、伝えさせて」という真摯な態度を貫いたノンフィクションには、なかなか出会えないと思う。

 読んだ後に世界が変わって見えるというのは、読書の醍醐味。本書を読んだ先に見えたのは、真っ暗な夜道に浮かぶ街灯のような、優しい光だった。

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⑧暴政 20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン

暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン

暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン

  • 作者: ティモシー・スナイダー,Timothy Snyder,池田年穂
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2017/07/15
  • メディア: 単行本
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  慶應義塾大学出版会から7月25日発行。「ブラッド・ランド ヒトラーとスターリン大虐殺の真実」など、大戦の歴史を再構築するノンフィクションを発表しているティモシー・スナイダー氏の視点が、140ページほどに凝縮された好著だ。

 裏打ちされた知性で、現代のアメリカを「ファシズム前夜」と喝破する。それは単なる「煽り」じゃなくて、20世紀に訪れた破滅的な戦争が「もう一度起こりうる」という不断の警戒が、「前夜を前夜で終わらせる」可能性を示す提言だった。次で紹介するディストピア小説の「R帝国」の副読本としても推奨したい。

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⑨R帝国 

R帝国

R帝国

 

  中央公論新社から8月25日発行。又吉直樹さんも推す「教団X」でディストピア小説の名手の地位を不動にした、中村文則さんの最新作。

 教団Xもたいがい救いのないダークな作品だったけれど、R帝国のそれはさらに輪をかけている。ラウドパンクを耳元でずっと流しているような、脳を揺さぶる激烈な毒と悪意。ヘイトスピーチや、ネットリンチや、国際社会と国内の関心の乖離が行き着くとこまで行くとどうなるのか、容赦なく批判する目線が心地いい。

 中村さんの「決定的代表作」と推すのも頷けるほど、世界観が凝縮されている。書き出しの秀逸さは今年指折りだ。

 朝、目が覚めると戦争が始まっていた。

 画面を操作し、矢崎はニュースの続きを見る。隣のB国の核兵器発射準備。察したこのR大帝国が、空爆で阻止していた。(p7)

 

⑩「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由 

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

 

  あさ出版から4月11日発行。「死ぬ辞め」はある意味で2017年を変えたんじゃないかと思う。過労死、ワークライフバランスの問題を、当事者の言葉で、かつ誰にも触れやすい言葉で、描き出してくれた。

 ネットで汐街コナさんの漫画に出会って、どれほどの人が救われただろう。「真面目な人ほど、何度も何度も丁寧に、可能性を塗りつぶしてしまう」という代弁に、どれくらいの涙を流しただろう。

 働くことは自由だけれど、過労は自由意志の結果じゃない。このへんの問題を社会に共有する一助になってくれた。働き方の問題はまだまだ改善の道半ば。引き続き読まれて欲しいなあという一冊。

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 下半期はどんな本に出会えるだろう。楽しみです。