読書熊録

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レッツもやもやー読書感想「誰も教えてくれない大人の性の作法」(坂爪真吾・藤見里紗)

 子どもの頃は「タブー」だったのに、大人になると「必須科目」。それが「性」である。だから大人こそ、性の問題に迷う。その難問に向き合う糸口を、本書「誰も教えてくれない大人の性の作法(メソッド)」は示してくれる。未婚化、晩婚化、セックスレス、不倫、離婚…。特効薬なんてあるのか?いや、ないのである。ないからこそ、上手に「もやもやする」ことが大切なのだ。「新しい性の公共の創造」をミッションにする坂爪真吾さんと、性教育の先生である藤見里紗さんの共著。光文社新書。

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誰も教えてくれない 大人の性の作法(メソッド) (光文社新書)

誰も教えてくれない 大人の性の作法(メソッド) (光文社新書)

 

もやもやは真摯さ

 「性の作法」として一番、感銘を受けたのが「性の問題に対してもやもやしていい」という、一見、逆説的なアドバイスだ。

 

 性の問題はいつだって「個別」だ。たとえば、本書でも取り上げられる不倫問題。夫婦どちらかが不貞をはたらいた構図は同じでも、それを許すのか、あるいは別れを選ぶのか、絶対解はない。それぞれの夫が、妻が、そして夫婦が、そのたびに話し合ってそれぞれの答えを見つけていくほかない。

 でも、個別は苦しい。やっぱり「一般的にはどうなのか」知りたいし、大多数に従っている方が楽な場面もある。はっきりしてほしい。この結果として、性の現場から「もやもや」は排除されがちだ。むしろ、「道徳的に正しく」、たとえば不倫であれば、まるで犯罪のように叩くことがストレートな反応になる。

 

 坂爪さんはだからこそ、「もやもやは真摯さだ」と説く。

 

 本当はこのメッセージまでに丁寧な議論があるので省略するのは忍びないが、最後半の言葉から引用したい。

 坂爪:モヤモヤするというのは、それだけ現実の複雑さと真摯に向き合っていることの証ですから。現実の複雑さと向き合えない人が、「あるべき道徳 」や「子宮の声」に吸い寄せられる。社会学には「帰属処理」という言葉があります。私たちには、誰のせいにもできない事件やトラブルが起きたときに、「全ての原因はこれだ」と思える対象を作り上げ、どうにか精神的な安定を得ようとする傾向があります。(p211)

 「全ての原因はこれだ」という絶対解を作り上げ、精神的な安定を作り上げる。この「帰属処理」のメカニズムによって、断罪が生まれる。原因をはっきりさせようと急ぐと、恋愛も極端に難しくなるはずだ。たとえば「なぜ恋人ができないのか?」も、帰属処理に走ると「容姿が悪い」「性格が悪い」と人格否定につながりかねない。

 

 だからこそ、坂爪さんは「もやもや」の価値を改めて強調する。もやもやするからこそ、性と愛の問題にようやく立ち向かっていけるのだ。

 

入れ替え不可能なもの

 目からうろこが落ちた言葉がもう一つある。「入れ替え不可能」だ。

 

 坂爪さんの友人カップルの話である。そのA君は東京の大学から大阪に就職が決まり、恋人のB子さんと離れ離れになることに。見送りの新幹線のホーム、坂爪さんの目の前でドラマが起きる。

 

 B子さんが「私も、A君と一緒に行く!」と叫んで新幹線に飛び乗ったのだ。東京で決まっていた仕事もほっぽり出して。

 

 その後、A君からこんなメールが来たという。

 「坂爪君は、いつも『あらゆるものは入れ替え可能だ』とか言っているけど、今日の体験は『入れ替え不可能』なものだったんじゃないかな?」(p50)

 恋人を要素に分解すれば、それはほとんどが入れ替え可能だ。同じ稼ぎの人も、同じ仕事の人も、似たようなルックスの人も、きっといる。それでも、「かけがえのない瞬間」がある。坂爪さんはこう語る。

 しかし、表面的に判断すれば「入れ替え可能」にすぎない相手であっても、そうした相手と一緒に体験した記憶や出来事、積み重ねた関係性は、入れ替え不可能です。東京駅のホームで、私がA君に一杯食わされたのが「入れ替え不可能」な体験であることと同様に。(p51)

 愛するということは、「入れ替え不可能な誰か」を見つけること。こんなにも明快で、胸に響く愛の定義を、自分は初めて教わった。

 

 一生悩む価値がある

 共著者の藤見さんは性教育の「先生」であるけれど、本書においては決して高みから語るようなことはしないのが素敵だ。その姿勢と、そして藤見さんの言葉は、性は「誰もが」、「いつまでも」悩むものだと教えてくれる。

 

 藤見さんは、自身も産後に、パートナーとのセックスを受け入れられなかった時期があると打ち明ける。「性教育者でありながら、こういった話をストレートにすることに抵抗がありました」、とも。それでも、少しずつ少しずつ、パートナーとの語りを重ねながら、お互いが納得できるものを探した。

 藤見さんの思いは、こんな一文に集約されていると思う。

 そして性教育者としても同様に、性について悩み、考え続けるものの1人として性を伝えることができるようになりました。性の問題は、実に曖昧で、一生人間を悩ませる。しかし、その悩む価値のある問題であると。(p81)

  一生悩ませるけど、一生悩む価値がある。そんな性への「肯定」が、恥やタブーの鎖を優しく解き放ってくれたように思う。 

 

 大人の性の作法と銘打たれているけど、大人になろうとする子どもも、大人になって久しい人も、みんな明るく入っていける一冊だ。そしてきっと、勇気をもらえる。もやもやする、勇気を。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

誰も教えてくれない 大人の性の作法(メソッド) (光文社新書)

誰も教えてくれない 大人の性の作法(メソッド) (光文社新書)

 

 

 本書を読んで頭に浮かんだのは、杉田俊介さんの「非モテの品格 男にとって『弱さ』とは何か」でした。言葉にしにくい悩みを言語化してくれるという意味では、ぴか一の一冊だったと思います。ジェンダーと社会という問題意識の構図も、「誰も教えてくれない性の作法」とリンクします。

www.dokushok.com

 

 もしも、性に挫折したときはシェリル・サンドバーグさんの「OPTION B 逆境、レジリエンス、そして喜び」はいかがでしょうか。苦しみを乗り越えるのではなく、抱えたままどう生きていくのかを教えてくれます。 

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