読書熊録

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人生をプレーするー読書感想「ピッチレベル」(岩政大樹)

 これはサッカーを通じて人生を学ぶ本なんだ。元鹿島アントラーズのディフェンダー、岩政大樹さん「PITCH LEVEL ピッチレベル 例えば攻撃がうまくいかないとき改善する方法」を読んで、思わず膝を打った。プロとしての思考を余すことなく言語化してくれている。そしてそれはサッカーの観戦術よりむしろ、「人生の傍観者にならず、どうプレーするか」を教えてくれた。サッカー好きにも、ルールも知らないと言う人にもオススメの一冊。特にビジネスマンは、明日から活かせるポイントがたくさんだ。KKベストセラーズ。

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PITCH LEVEL: 例えば攻撃がうまくいかないとき改善する方法

PITCH LEVEL: 例えば攻撃がうまくいかないとき改善する方法

 

 

「する」と「みる」の違い

 「ピッチレベル」とは、サッカーをプレーする現場=ピッチの目線からサッカーについて話す、という岩政さんのスタンスを表すワードだ。そしてまさに本書の一番の肝、サッカーを「する」と「みる」の違いが、この一言に詰まっている。

 

 岩政さんは「する」と「みる」の違いを、こんな風に説明してみせる。いきなり「おわりに」からの引用になってしまうが、本当に刮目した指摘だから引用させてほしい。

 サッカーを見る、というのは当然ながら見えるものを見ます。選手にスポットライトを当てれば、選手の身体的特徴、プレー、仕草、言動。そうした目に見えるものから情報を得て楽しんだり、評価したりします。

 しかし、サッカーをする私たちは、生まれたときからその自分の特徴や癖を知っています。例えば私なら本書に書いたような特徴をサッカーを始めたときから知っていました。

 「サッカーをする」というのは、その自分を知った上で、どのようにプレーするか、ということです。

 だから、例えば「足が速い」とか「高さがある」とか「技術がある」ということで特徴を語られると少し違和感があります。それらは本人からしたら、サッカーをするときの前提みたいなもので、そこから何を生み出すかが「サッカーをする」ということだからです。(p283)

 「見る」とは「見えるものを見る」ということ。一方で「サッカーをする」とは、「見えないものをひっくるめて、表現するということ。この岩政さんの言葉に触れた時、「これは仕事でも一緒なんじゃないか」と電撃が走った。

 

 他社の魅力的な製品。部下の仕事ぶり。上司への不満。どれも、「見えるものを見る」状態で評価すると、単なる憧れだったり、「なんでそうなるかなあ」の感想で終わってしまう。だけどそれぞれを「表現」と捉えた時、「見えない部分に何があるのか」という視点に変わる。

 自分の仕事でもそうだ。作業スピード、発想の斬新さ、逆に、営業が苦手とか。それらは「前提」であって、自分の特徴をどう表現するか、具体的なアウトプットにするかが問われているんだとわかる。極端に言えば、頭の回転が遅いことがコンプレックスでも(自分のように)、仕事が早いように表現することは可能だ。

 

 自分はいま「みる」側なのか、「する」側なのか。主体的に自分の仕事に向き合えているか、シンプルなリトマス試験紙になる問いかけだ。

言葉を疑う

 岩政さんのすごいところは、この「表現」にあたって、「言語化」というポイントに途轍もなく力を入れている点だ。プレーのポイントを言葉にすること、あるいは常套句になったサッカーの言葉を疑うことに、岩政さんは妥協しない。

 

 たとえば冒頭では、「崩される」という言葉に焦点を当てる。失点した際、「これは崩された失点ではない」という言葉がよく飛び交うけれど、岩政さんは「そもそもサッカーにおける失点で、相手のいいようにボールを回されて、綺麗に守備を破られて失点するケースは全体の2割か3割」だと指摘。どう失点しないか、どう得点するかを考える時に、「崩される」以外の言葉に目を向ける。

 そこで岩政さんがたどり着いたのは「常識を逆手に取る」、具体的には「苦し紛れ」とも捉えがちなクリアやロングボールを活用することだった。

 確かに、クリアやロングボールは一度、相手にボールを渡してしまうプレーになりがちです。それをなんの意図もなく繰り返せばネガティブな要素になります。しかし、クリアやロングボールを蹴るポイントによっては、相手に一度ボールを渡したように見えるだけで、まだルーズボールの状態です。ここで、「マイボールになった」と思った相手選手にとっては、敵がボールを保持したときよりも、守備に対する集中が途切れる瞬間になります。(p19−20)

 サッカーの言葉を疑い、自分なりの言語化を試みること。この大切さは、「サッカーの言葉」を「仕事の言葉」に置き換えてもまたしかり、であろう。

勝負の神様は日常に在る

  岩政さんはこの調子で、「自分たちのサッカー」や「試合の流れ」といった言葉を解析して、後半にかけてはさらに、ディフェンダーとして体感したセットプレーやゴール前の駆け引きなどについて、言語化していってくれる。その中でも「これはすげえ」と思ったのが、「勝者のメンタリティ」についての考察だ。

 

 いつも勝ち続けるチーム。または、勝負所で負けない選手には、どんなマインドがセットされているのか。まさに常勝軍団・鹿島での経験があり、その後もタイのプレミアリーグ、J2から昇格を目指すファジアーノ岡山でもプレーした岩政さんは、こんな風に考察してみせてくれた。

(中略)勝負所とは、そのときの自分ではなく、それまでの自分が表れる場面なのです。いや、むしろそれをよりごまかすことができない場面と言ったほうがいいかもしれません。

(中略)

 「いつもより大事な試合」があるということは「いつもより大事ではない試合」があるということです。勝者のメンタリティを備えた選手とは、そうやって自分で勝手に試合の優劣はつけたりはせず、どんな試合も勝つためにプレーできる選手だと思います。だから僕は、勝負強さとはそうしたメンタリティを持ち続け、日々の取り組みをしっかり続けることができたときのご褒美のようなものではないかと思っています。(p49−50)

  勝負所とは、そのときの自分ではなく、それまでの自分が表れる。だからこそ、勝負所を決めずに、常日頃から勝負を続けてきた人だけが、逆説的に勝負所で負けない。なんともシビれる指摘だ。

 

 だからこそ、勝者のメンタリティは、日々の一つ一つに宿る。自分は岩政さんの次の言葉を胸に刻んで、日々の仕事に懸命になろうと誓った。

 「勝負の神様は細部に宿る」

 よく聞きます。間違いありません。併せて僕は、

 「勝負の神様は日常に在る」

 と断言できます。(p59)

 

 今回紹介した本は、こちらです。 

PITCH LEVEL: 例えば攻撃がうまくいかないとき改善する方法

PITCH LEVEL: 例えば攻撃がうまくいかないとき改善する方法

 

 

 アスリートの言葉って、面白い。さらにキャリア形成を考える格好の題材にもなるのが、オリンピアン為末大さんと研究者中原淳さんの「人生のリセットボタン」です。

www.dokushok.com

 

 勝負に勝つために必要な「努力」について正面から議論した、「GRIT やりぬく力」(アンジェラ・ダックワースさん)は、「ピッチレベル」とリンクする部分もあるビジネス書です。こちらも前向きな気持ちになれますよ。 

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