読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

戦場の匂いがするー読書感想「レッド・プラトーン」(C・ロメシャ)

 アフガニスタンの最前線にある米軍の前哨が、タリバン兵に囲まれた。味方は50人、敵は300人ー。実際にあった絶望的戦闘を、生き残った兵士が振り返るノンフィクション「レッド・プラトーン 14時間の死闘」だ。目をみはるのは、著者のクリントン・ロメシャ二等軍曹の圧倒的に美しい文章。炸裂するRPG弾、兵士の汗や血、横たわる遺体の匂いが、本から漂ってくる。400ページ超の語りが終わるまで、血がたぎりっぱなしだった。伏見威蕃さん訳。早川書房。

f:id:dokushok:20171123172425j:plain

 

レッド・プラトーン 14時間の死闘

レッド・プラトーン 14時間の死闘

  • 作者: クリントンロメシャ,Clinton Romesha,伏見威蕃
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/10/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 

心のひだを撫でる文章

 ロメシャさんの文章は、心のひだをそっと撫でるように、優しいインパクトがある。絶望としか言えない大事件なのに、次々とページをめくれるのは、その美しい文章力によるところが大きい。

 

 2009年10月3日早朝、実際に起きたのが「キーティングの戦鬪」だ。アフガニスタンの山岳地帯の谷部分、敵が高所から攻撃できる地理的不利を抱えた米軍の前哨キーティング。重武装のアフガン兵300人が急襲してきたのは、この前哨を撤退しようと準備している最悪の時だった。事実だけ書いていくと目を伏せたくなるほど状況が悪い。

 

 ロメシャさんはまず戦闘の開始をさっと描き出した上で、自身の半生や、キーティング設置の経緯などの背景を濃厚に語り、再び戦闘に戻る。たとえば、キーティングの不自由さと、兵士が気晴らしにスーパーボウルの結果を見ることを語ったこんな文章がある。

(中略)だからこそ、選手の成績やチームの順位が載っているページをめくると、彼の思いはヒンドゥークシュ山脈の黒い壁を越えて、はるかな空を飛翔する。私たちの世界は、この山脈に囲まれ、動きを阻まれていた。いっぽう、敵にとっては眺望のきく絶好の地形で、私たちをいぶし出して殺すのに利用できる。だから、たとえ一瞬でも、山脈を越えて飛ぶことを想像すると、非常にポジティブな気持ちになれる。(p23)

  彼の思いはヒンドゥークシュ山脈の黒い壁を越えて、はるかな空を飛翔する。兵士のささやかな楽しみが伝わってくる。

 

 戦闘の描写にも不思議な香り高さがある。それは奇をてらったものではなくて、むしろ誠実に戦闘の過酷さを描写しようとして、生まれた言葉のように思える。タリバン兵による急襲の幕開けは、こんな風に書かれている。

 攻撃の最初の数秒は常人の頭脳では処理しきれなかった、というような表現では、とうていそのときの混乱はいい表すことができない。見晴らしがきくLRAS1の銃塔にいたコプスには、だれかが頭上の空の襞をつかんで引き裂き、その穴からアフガニスタン東部のありったけの武器弾薬をぶちまけたように思えた。(p134)

 空の襞(ひだ)をつかんで引き裂く。こうした言葉たちに乗って、キーティングの阿鼻叫喚が続々と届けられる。

極限状態にリーダーはどうあるべきか

 ロメシャさんは兵士としても卓越している。だから本書は軍事ノンフィクションとしてだけじゃなくて、「極限状態に人は、特にリーダーはどうあるべきか」を考える題材としても秀逸だ。

 

 タリバン兵のペースで劣勢に追い込まれていくキーティング。しかしロメシャさんは、「籠城は悪手」だと喝破して、現場でも声を上げる。

 「陣地を護って、防御を固め、支援を待とう」。ヒルがきっぱりといった。

 私は不賛成だった。身を縮めて襲いかかってくる相手を待つというのは、うわべは賢い対応のように思えるが、手ぬるいやりかただ。まして、目的は生き延びることではなく、勝利を収めることなのだ。それに、消極的な役割になり切って、敵に行動の自由を譲り渡すわけだから、悪い結果になるのは目に見えている。応援の到着が遅れたら、白兵戦になり、敵は建物をひと棟ずつ順序立てて攻め、数人ずつに孤立した私たちをしらみつぶしに殺すだけだろう。そうなったら、だれかが一部始終を報告できるまで瓦礫のなかで生き延びることを願いつつ、最後に残った一団が、前哨の中心の座標を送信して、自分たちの上に爆弾を投下するよう要請するはめになる。

 「ぜったいにだめだ」私はヒルにいった。「われわれはこの前哨を奪回しなければならない」(p247−248)

 籠城し、応援を待つことを「消極的役割になり切って、敵に行動の自由を譲り渡す」と捉え直すことができるのがすごい。「苦しい時こそ前のめり」と、一般化してしまうと陳腐かもしれないが、戦闘の渦中で導き出された真理は胸に刺さる。

 

 さらにこの後、実際に奪回のためのリスクある任務をするにあたってのロメシャさんの行動にも学びがある。

 歩兵小隊のレベルで、優秀な指導者の資質を決めるひとつの条件は、困難な状況では言葉よりも行動のほうが重いのを意識することだ。そのとき、私は逆襲に参加する人間を集めようとしていたが、それには自分が参加して采配をふるう覚悟があることを、はっきり示す必要があった。

 「おれたちは、こいつを取り戻す」私は宣言した。「志願者が何人かほしい。おれといっしょに来るものは?」(p260)

 「おれたちはこいつを取り戻す。おれといっしょに来るものは?」。こんなことを言える上司には、シビれるしかない。自分もチームが困難に直面したとき、ロメシャさんみたいに振る舞いたい。できるかは自信がないけれど。

死は兵士を選ばない

 もう一つ、胸に迫る事実は「死は兵士を選ばない」ということだ。

 

 ロメシャさんは生き残ったからこそ、キーティングの激烈な様子を語れる。もちろんロメシャさんは優秀だった。でも、本書を読んでみて、とてつもない優秀な兵士が死神に絡め取られることも、臆病で逃げてばかりの兵士が生還することも、当たり前のようにあるんだと突きつけられる。

 

 実はこれも、実生活に通じる真理なのかもしれない、と思う。優秀で仲間にも優しい仕事人が、そういう人こそが心の体調を崩してしまうこともある。生き残ることが、健康健全に生きることが、優秀さの証明ではきっとない。

 

 ロメシャさんが高い集中力で戦闘に臨んだように、できることは目の前の「任務」に真摯に向き合うほかない。死や不運が、自分や仲間の誰に降りかかるかはわからないから、できることはそれぐらいなんだ。

 

 ちなみに本作、ソニー・ピクチャーズが映画化するそう。面白くないはずがない。今から楽しみです。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

レッド・プラトーン 14時間の死闘

レッド・プラトーン 14時間の死闘

  • 作者: クリントンロメシャ,Clinton Romesha,伏見威蕃
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/10/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 

 文章力といっても多様で、また違った美しさを楽しめるのが高石宏輔さんの「声をかける」です。こちらは戦場と打って変わって、ナンパの話。

www.dokushok.com

 

 これから米軍は、アフガンやイラクのような壮絶な戦場を抱えることにはならないのか?アメリカの先行きを見る上で、トランプ大統領を生んだ米社会を学ぶのは有意義です。「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」は理想的な教科書だと思います。

www.dokushok.com