読書熊録

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ど真ん中ナックルボールー読書感想「屍人荘の殺人」(今村昌弘)

 最大の難関は、いかにネタバレに触れずに読み始めるか。あとはただ、謎とサスペンスの世界にひたすら没入させてくれるのが、今村昌弘さんの小説「屍人荘の殺人」だ。ミステリーの王道中の王道、密室殺人を扱う。だけど、ネタバレになるから絶対に言えないある要素が絡むことで、ど真ん中なのにナックルボールを投げ込まれた格好。文句なしに面白いです。東京創元社。第27回鮎川哲也賞受賞作。

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屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

 

 公開可能な情報

 表紙を一枚めくったカバーの隅っこ部分に書いてある範囲であらすじに触れる。

 

 舞台は関西にある有名大学・神紅大。ミステリ研究会(ミス研)の「なんちゃってミステリファンぶり」に馴染めなかった「俺」こと葉村譲が迷い込んだのは、「ミステリ愛好会」。メンバーは同じようにミス研には収まらない先輩の推理オタク・明智恭介だけ。2人で日夜、学校中の謎を探す毎日だ。

 

 明智さんは、前年になにか「いわく」がついたとされる映画研究部(映研)の夏合宿に参加したいと考えているが、なかなか叶わない。そこに突然現れた美少女・剣崎比留子。実は比留子は探偵。ある取引を明智さんと「俺」に持ちかけ、応じたことで映研の夏合宿に参加することが実現する。

 

 たどり着いた真夏のペンション。ここで、カバーの「あらすじ」に言わせれば「想像しえなかった事態」が発生し、立て籠もりを余儀なくされる。そこで発生した密室殺人。そしてそれは、連続殺人の序曲となるのだった。

キラキラ青春ライフ風、からの

 冒頭はなんだか、新海誠さんの「君の名は。」の最初の方みたいな、キラキラ青春ライフ感が漂って来るのがいい。

 

 たとえば明智さんと「俺」は、食堂で白いパーカーを着た女の子が何を注文するか推理する。予想じゃなくて推理。その時間帯、着ている服、体格、食堂のライナップの善し悪し。小さすぎる謎をくそまじめに考える。いいなあ、こういうのと思う。

 

 比留子さんも、ザ・美少女。最初に「俺」らの前に現れた際の様子は、黒のブラウスにスカート。肩より少し長い黒髪。身長は150センチちょっと。スカートの腰の位置が高いから、すらりとして見える。「風貌は可愛いというよりも、そう、佳麗というのが正しい」(「俺」の感想)。

 

 シンプルで、それこそ王道の青春感。からの、連続殺人。確実にそれが待っている。

受賞の言葉から見える雑多さの強さ

 作者の今村昌弘さんは1985年、長崎県生まれ。岡山大学卒業で、兵庫県在住。受賞時の職業はフリーターと紹介されている。

 

 その今村さんの受賞の言葉が作品の面白さの解説にもなって面白い。

 (中略)昔から読書の趣味は雑多で、書店の本棚を眺め、タイトルや装丁からピンときたものを買うというスタイルでした。

 ですから、恐れ多いのですが、実は本格ミステリに傾倒していたわけではなく、良き本格ファンなどとは口が裂けても名乗れない身なのです。そんな私が「読んだことのないミステリを!」という一念で書き上げた作品がこのような栄誉を賜ったのですから、本格ミステリとは私が思い描いていたよりもはるかに自由で懐の深いものなのだと実感しました。(本書冒頭の「受賞の言葉」より) 

  本格ミステリに傾倒していたというより、タイトルや装丁から直感的に読書するスタイル。そんな今村さんの「雑多さ」が昇華したのが「屍人荘の殺人」なんだろう。だから王道の密室殺人が、鮮やかな変化球に進化している。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

 

 

 今年出た「ネタバレ厳禁本」といえば、やはり宿野かほるさんの「ルビンの壺が割れた」でしょう。こちらもネタバレに触れる前に読んでいただきたい。

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 中村文則さんの「R帝国」は、反対に「ディストピア小説」というものをとことんストレートに突き詰めていった名作です。「屍人荘の殺人」と違ったテイストで、でも同じように引き込まれると思います。

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