読書熊録

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未来とは新しい過去ー読書感想「「朝ドラ」一人勝ちの法則」(指南役)

 あれ、これ指南役さんの本に書いてあったことじゃない?と、最近よく思い出すのが「『朝ドラ』一人勝ちの法則」だ。テレビ番組「逃走中」、映画「バブルへGO!!」などを手掛けたメディアプランナー。そんな指南役さんが、「最近のNHK朝の連続テレビ小説(朝ドラ)はなぜヒットしているのか?」を入り口に「ドラマ論」「エンタメ論」を語ってくれたのが本書。その心はズバリ「過去へのリスペクト」。名作に敬意を持って模倣したりコラージュしたりした「新しい過去」こそ、現状を切り開く「未来」なんだと教えてくれる。光文社新書。

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「朝ドラ」一人勝ちの法則 (光文社新書)

「朝ドラ」一人勝ちの法則 (光文社新書)

 

 

「パクリ」はクリエイティブ

 指南役さんの著書は正直、要約の必要がない。それぐらい、明快でシンプルで、バシバシっと読者に情報を届けてくれるのだ。たとえば本書の書き出しを見て欲しい。

 全てのヒットドラマはパクリである。(p3)

 「『朝ドラ』一人勝ちの法則」というタイトルの本の一行目に「全てのヒットドラマはパクリである」と書くのは、ある意味究極のネタバレだ。ここで本書を閉じても「こないだ読んだ本に書いてあったんだけどさ、なんでいまの朝ドラってヒットしてると思う?実は、全てのヒットドラマってパクリなんだよね」と友達に自慢できちゃう。やろうと思えば。

 実際にはここから200ページくらいお話が続くが、冒頭に結論を持ってきても全然飽きさせない内容がある。最初にズバリと答えを持ってくるのは、指南役さんの優しさでもあり、「読者を楽しませる」決意の表れかもしれない。

 

 「全てのヒットドラマはパクリである」の立証のために題材にされるのが、TBS系の超ヒット作「逃げるは恥だが役に立つ」(2016年10月〜)である。

 指南役さんによると、逃げ恥も「古今東西のボーイ・ミーツ・ガールのプロットを下敷きに作られた」。その下敷きとして挙がる作品の数がすごい。知識が豊富すぎる。

  1. ドラマ・おひかえあそばせ(71年)
  2. ドラマ・雑居時代(73年)
  3. 漫画・翔んだカップル(80年代)
  4. ドラマ・高校聖夫婦(83年)
  5. ドラマ・ロングバケーション(96年)
  6. 米映画・グリーン・カード(90年)
  7. 米映画・あなたは私の婿になる(09年)
  8. 米ドラマ・ビッグバン★セオリー(07年)

 たとえば「グリーン・カード」は「偽装結婚」した男女が真実の愛に目覚める話らしい。「あなたは〜」も同内容。「ビッグバン〜」は天才オタクの近所にキュートなブロンド美女が引っ越してきて、「ギャップ恋愛」が始まる。1〜5はいずれも「偶然の同居から恋が始まる」というパターンらしい。

 

 注意したいのは、指南役さんは「パクリは悪い」なんて一言も言っていない。むしろ、「パクリはクリエイティブ」だと語る。

 そして間違ってはいけないのがーー(ここ、大事なところです)連ドラも含めた映画や舞台、小説や漫画など全てのエンタテインメントのクリエイティブとは、「温故知新」のこと。それは、0から1を創る作業ではなく、1を2や3や5にブラッシュアップする作業なのだ。その意味で、『逃げ恥』は100%、クリエイティブな作品と言って間違いない。そして”社会派コメディ”なる新たなジャンルを開拓したのである。(p6)

 クリエイティブとは、「温故知新」でブラッシュアップした、「プラス1」のことである。だからこそ大切なのは、自分がプラスする足元、「過去」なのだ。

 

「革新作」の意味

 ここまではまだまだ「はじめに」で、肝心の朝ドラのヒットの法則は紙幅を割いて語ってくれている。「ヒットはパクリである」をベースにしながら朝ドラの歴史を掘り下げ、さらに「朝ドラ7つの大罪」というオリジナルの「黄金法則」も示してくれる。その中身は、ぜひ読む楽しみに取っておいてほしい。

 

 自分が目を引いたのは、朝ドラ論の次、後半で語られる「なぜ民放のドラマは低迷したのか」という部分である。ここでのポイントは「奇をてらうことは怖い」、つまり「過去に向き合わず『新しさ』を求めると、落とし穴にはまる」ということだ。

 

 ここで例に上がるのが、フジテレビの「月9」、とりわけ「ビーチボーイズ」である。同作は反町隆史さんと竹野内豊さんが共演し、それまでラブストーリーが主流だった月9で「男の友情」をテーマにした作品だという。

 「ビーチボーイズ」は初回視聴率25・1%、最終回22・5%と、おそらくいまの基準から考えればヒット作。だが指南役さんは、終盤にかけて視聴率が落ち、後日放送されたスペシャル回が連ドラ時代の数字を下回っていることに注目する。

 だが、それが『ビーチボーイズ』の”成功体験”以降、脱ラブストーリーへと舵を切り、友情モノや群像劇、コメディにロードムービー、ミステリーにサスペンスと、ドラマの幅が格段に広がった。一見、それはドラマ作りの可能性を広めたようにも映るが、一方で、旧来のラブストーリー好きの月9ファンが、次第に離れていったのである。(p141)

  視聴率が後半にかけて落ちているのは、視聴者がついてきていないから。実際にファンが離れたかの証明は難しいが、現実として月9の視聴率は下がり気味の傾向が続いている。(17年の「突然ですが、明日結婚します」の平均視聴率は6・7%。「貴族探偵」は8・8%)。

 

 あくまで結果論で、「ビーチボーイズ」の数字は「見せかけの成功」とも言えてしまう。これはスタートアップ起業論で「虚偽の指標(バニティ・メトリクス)」と語られるものの一種なんだと思う。視聴率の推移を注視していれば「ファンの心が掴めたか」という「本当の成果指標」に着目できたが、実際は「視聴率が高いか低いか」だけを見てしまっていた。

 これをメタ的に言えば、月9を支えてきてくれたラブストーリーファン、すなわち「過去」へのリスペクトなしに「革新作」をやってみても、長期的に見て成功しない、ということではないかと思う。奇をてらう「だけでは」意味がない。

 

「魔法使い」も過去をリスペクトする

 自分が「『朝ドラ』一人勝ちの法則」を紹介したいと思ったのは、本書で語られれていることはいろんな場面で応用が効くと実感したからだ。

 

 たとえば、最近読んで感動した、「現代の魔法使い」落合陽一さんの哲学が語られた「魔法の世紀」。

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「魔法の世紀」

 落合さんの「デジタルネイチャー」という思想が、90年代にコンピュータ学者マーク・ワイザー博士が提唱した「カーム・テクノロジー」や、アイバン・サザランド博士の「究極のディスプレイ」というアイデアを下敷きにしていることが明らかにされている。

(中略)この「無意識性(唯一の虚構性)」こそが実は〈魔法〉最大の特徴です。そして、実は僕が研究しているユーザーインターフェースの分野にも、計算機の無意識性を重要な特徴と考える理念があるのです。それが「カーム・テクノロジー」です。(p21)

 

 これはマーク・ワイザーがカーム・テクノロジーと呼んだ世界であると同時に、アイバン・サザランドの若き日の研究が目指していたものに他なりません。

 僕は、彼の言う「情報から物性をコントロールできる部屋」「究極のディスプレイ」という言葉を「物理的に干渉し人間には認識されない情報環境」という言葉に置き換えて、日々研究しています。(p58)

 落合さんの革新性はテクノロジーの歴史への深い理解の上に成り立っている。ここでまた、指南役さんの「クリエイティブとはプラス1」であるという概念が蘇り、リンクする。

 

 おそらく「新しさ」を生み出したければ、いますぐできることの一つが「過去に学ぶ」ことなんだ。指南役さん自身も、古今東西、70年代に遡ってまで、名作ドラマや映画に精通されている。そこから見つけたとっておきの過去に磨きをかけられれば、それはきっと、革新的な未来になる。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

「朝ドラ」一人勝ちの法則 (光文社新書)

「朝ドラ」一人勝ちの法則 (光文社新書)

 

 

 落合陽一さん「魔法の世紀」が気になられた方は、こちらに感想を書きましたのでご笑覧いただければ幸いです。落合さんの思考に触れながらこの先を描く、「未来地図」になる一冊です。

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 シェイクスピアの名作悲劇「マクベス」にプラスワンをして「恋愛犯罪小説」ということし随一の作品に仕立てているのが、早瀬耕さんの「未必のマクベス」です。まさに「新しい過去」を感じさせてくれる、切ない小説でした。

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