読書熊録

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2017年「人生を揺さぶられた」10冊

 「この本に人生を揺さぶられたな」。振り返って、そう思える出会いがあることが読書の醍醐味です。2017年に巡り会えた「揺さぶり本」10冊を紹介したいと思います。小説からノンフィクション、恋愛からレジリエンス、カウボーイからAI、沖縄から香港。最後までお付き合いいただけましたら幸いです。 

 

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・「未必のマクベス」(早瀬耕さん)

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未必のマクベス

 落ち葉が舞う街路で、飲み会帰りの夜道で、香港を思わせる水辺で。何度も「ああ、未必のマクベス、良かったなあ」と思い返しました。「未必のマクベス、もっと読まれてほしい」とも何度思ったことか。

 物語が全身に染み渡る経験。本を読むことで、何か、「一つの人生を生き切った」ような壮大な感覚を覚えること。小さな文庫サイズに溢れるばかりの世界が詰まっている、傑作の小説だったと思います。

 ふとした瞬間に、読書中の幸福感や恍惚感、スリルが蘇るのは、「未必のマクベス」で描かれる味覚、嗅覚、そして言語感覚があまりにも魅力的だからかと。主人公が愛飲するオリジナルのキューバリブレ「フェイクリバティ」。バーに流れる優しいジャズ。そして、マクベスの悲劇をなぞるように人生が動いてしまう主人公たちが放つ言葉たち。

 物語に、その全てに、揺さぶられました。そして生きることが楽しくなりました。作者は早瀬耕さん。ハヤカワ文庫JA、17年9月25日発行。 

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・「ボクたちはみんな大人になれなかった」(燃え殻さん)

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ボクたちはみんな大人になれなかった

 「ボクたちはみんな大人になれなかった」を読み始めた時、懐かしい思いがしました。ずいぶん先輩が書かれた、自分はまだ幼かった1990年代の話のはずなのに。この小説には、自分の青春が詰まっているような、そんな錯覚をしました。

 間違いなく、失恋の小説ではあります。でも悲恋ではないし、かといって美化した思い出でもない。「あの頃の気持ち」をあの頃の気持ちのまま、持っていていいんだと思える、優しい肯定感を伴う物語でした。

 特に好きなシーンが、バーテンダーのスーが住むマンションを主人公が見上げるところです。物語的には重大なシーンじゃないかもしれませんが、部屋の明かりや夜の空気、その切り取り方が、ある意味この小説の本質的な魅力なのかなと思いました。作者は燃え殻さん。新潮社、17年6月30日発行。

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・「OPTION B」(シェリル・サンドバーグさん)

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OPTION B

 「OPTION B 逆境、レジリエンス、そして喜び」を読み終えてから、確実に、笑顔が増えました。いま、絶望としか言いようがない状況にある。別れや失敗や喪失に打ちひしがれている。そんな人たちに届けたい本です。

 作者のシェリル・サンドバーグさんは、最愛の夫を亡くした後の人生の始まりを、こんな風に描写しています。

 こうして残りの人生が始まった。自分で選ぶはずもなく、覚悟のまったくできていなかった人生。(p7)

 自己実現や自己選択とは、まったく反対に、自分で選ぶはずもなく、覚悟もまったくできていなかった人生がこの世にはある。それをサンドバーグさんが言葉にしてくれただけで、それだけでもう、救われた気持ちになりました。

 そうして選ばざるを得なかった「オプションB」について、サンドバーグさんは、「絶望を乗り越えなくていい」と言ってくれています。むしろキーワードにしているのが「生き直す」「やり直す」。オプションBとはオプションAの否定や超越じゃなく、内包しながら歩き出す道のことだと、勇気付けられました。櫻井祐子さん訳。日本経済新聞出版社、17年7月19日発行。

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・「裸足で逃げる」(上間陽子さん)

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裸足で逃げる

 「OPTION B」が人生の苦難にどう向き合うかを示してくれたなら、「裸足で逃げる」は、苦難の中の「痛み」をちゃんと感じられるようにしてくれた本でした。

 教育学者の上間陽子さんは、丹念に丹念に、沖縄の少女たちの話に耳を傾けます。痛みは、その人以外には分かり得ない、固有のもの。その前提を揺るがせずにせず、とことん「聴く」ことで、本来は言葉になり得ない痛みの本質を、すこしでもそのままに近い形で、読者に届けてくれました。

 すると不思議なことに、自分自身の「痛み」を、大切にできるようになった気がします。包帯のような、温もりの宿ったノンフィクションに出会えました。太田出版、17年2月11日発行。

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・「全裸監督 村西とおる伝」(本橋信宏さん)

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全裸監督 村西とおる伝

 村西とおるさんは「歩くレジリエンス(復元力)」だと「全裸監督」を読んで思いました。前科7犯でも、借金50億円でも、米司法当局から懲役300年超を請求されても、へこたれない。「人生、死んでしまいたいときには下を見ろ!おれがいる。」は、間違いなく2017年最強のパワーワード。この言葉を前にして、勇気が湧かない人はいないでしょう。

 村西さんにしてみれば、絶望は絶望するものでは全くない。ここまでパワーを持って生きられるかはもちろん自信がないけれど、なんだか生きることに憂鬱になったその日には、もう一度本書を開いて、村西さんに会いに行こうと思います。インタビュアーは、彼の人生に伴走してきた本橋信宏さん。太田出版、16年10月27日発行。

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・「カウボーイ・サマー」(前田将多さん)

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カウボーイ・サマー

 理屈抜きで、さわやかな本というものがあります。「カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で」はまさに。この本を開くだけで、もっと言えば、読み終わった後に会社で思い返すだけで、心は遠く、アメリカ大陸に根付いた牧場に飛んでいけます。

 カウボーイ体験記だから爽やかだ、というだけじゃありません。力をもらえるのは、作者の前田将多さんが、カウボーイになろうと海を渡る前はバリバリのサラリーマンだったことです。そしてサラリーマンだったからこその視点が、牧場での体験を一つ一つ、輝かせていきます。

 端から見たら「社畜」かもしれない自分のサラリーマンライフが、もしかしたらいつか、思いもしなかった形で意味をなすかもしれない。そう思うと、明日も頑張れるのです。そしていつでも、カウボーイになる未来だってあるんだという余裕が、心をふんわりとほぐしてくれます。旅と思索社、17年6月21日発行。

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・「GRIT やり抜く力」(アンジェラ・ダックワースさん)

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GRIT やり抜く力

 努力は意味があるのか?そう思う局面は、仕事をしていたらたくさんあります。その問いに、「意味があるどころか二重に意味がある」とパワフルな回答をくれたビジネス書が「GRIT やり抜く力」でした。

 二重とは何か。それは、才能に努力が掛け合わさることで「スキル」になり、スキルに努力が掛け合わさることで「達成=パフォーマンス」になるということです。努力をすればするほど、土台のスキルが高まり、スキルを発揮した成果物のクオリティも上がるのです。

 この考えを学んだ以上、努力を怠る理由がありません。読後、「淡々と」努力ができるようになったと思います。作者はペンシルベニア大学心理学教授のアンジェラ・ダックワースさん。訳は神崎朗子さん。ダイヤモンド社、16年9月8日発行。

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・「AI時代の人生戦略」(成毛眞さん)

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AI時代の人生戦略

 「AI時代の人生戦略」が今年の1月15日に発行されたことが、作者の成毛眞さんの先見をうかがわせるものだと思います。人工知能(AI)が席巻する社会の到来。それを見越してビジネスパーソンが身につける「STEAM」とは。これだけ変化が激しい最先端のテーマに関する本でありながら、1年経ってもまったく内容が古びることがありません。

 「STEAM」とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)を並べた「STEM」にArt(芸術)を加えた、これからの時代に必要な素養のこと。

 本書を読んでから、まずはSF小説を意識して読むようになった。すると、サイエンスやテクノロジーに関する本も手に取るように。落合陽一さんの著作や、遺伝子編集技術をテーマにした「CRISPR」などを読もうと思ったのも、成毛さんのおかげです。

 さくっと読めて、でも考え方を激変させうる。当時も今も、ビジネスパーソンの「羅針盤」として猛プッシュしたい一冊です。SB新書。

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・「超AI時代の生存戦略」(落合陽一さん)

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超AI時代の生存戦略

 今年、もっとも「一般に浸透した超人」がサイエンティストでメディアアーティストの落合陽一さんではないでしょうか。同じく著作の「魔法の世紀」と迷いましたが、「生き方・働き方」に与えたインパクトの大きさから、「超AI時代の生存戦略」を挙げたいと思いました。

 「魔法の世紀」は落合さんの構想する「テクノロジーと人間」論であるのに対して、本書は「テクノロジーと生き方・働き方」をビビットな言葉で論じてくれている。たとえば「これからはワーク・アズ・ライフ」「大切なのはストレス・マネジメント」など、「ワーク・ライフ・バランス」や「働き方改革」から一歩も二歩も先の人生のあり方を考えさせてくれます。

 落合さんの語る生き方・働き方は、会社員の自分にあって自己否定を招かず、むしろ、いまの仕事をどう豊かにするか、という方向づけをしてくれるものでした。それは落合さん自身が、否定ではなく創造、拡張を志向する仕事の姿勢を持たれているからかな、と思っています。大和書房、17年3月25日発行。

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・「革命のファンファーレ」(西野亮廣さん)

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革命のファンファーレ

 一方、出版界でダントツの「破壊者」であり「創造者」になったのが、芸人キングコングの西野亮廣さんだと思っています。絵本の全文無料公開は既存の販売方式をぶっ壊す大胆なやり方でありながら、今となっては「ルビンの壺が割れた」「小説X」などが真似をする、「マネタイズの後ろ倒し」という創造的手法になりました。その内幕を西野さん本人が語ってくれたのが「革命のファンファーレ」です。

 会社員として活かせるポイントはもっと地味、と言えば言葉が悪いですが、西野さんの「信頼を得るためには嘘をつかないことが大切で、嘘をつかないためには嘘をつかなくていい環境にする」という方法論です。

 自分はいま信頼を増やしているのか、代償にしているのか。この視点があるだけで、日常生活で「踏みとどまれる」ことは実にたくさんあることを学びました。「貯信」の習慣がつくことは、この先会社がどうなっても生きていくために、重要なスキルなんだと実感しています。幻冬社、17年10月4日発行。

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