読書熊録

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降りたっていいー読書感想「START UP アイデアから利益を生み出す組織マネジメント」(ダイアナ・キャンダー)

 大切なのは、ゲームに参加し続けること。そのためには時に、ゲームを降りたっていいーー。起業家兼コンサルタントのダイアナ・キャンダーさんによる「START UP(スタートアップ) アイデアから利益を生み出す組織マネジメント」のメッセージだ。日本では「ベンチャー」という方がポピュラーだった、起業によるニューアクター=スタートアップの経営論を、小説形式で学ぶビジネス教本。しかし、ここで学べるマインドは自分のようなしがないサラリーマンにも大変有意義だった。「人はなぜ商品を買うのか」「ビジネスが失敗する理由は何か」。不確実な時代に「戦い続けるマインド」を得られる。牧野洋さん訳。新潮社。

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STARTUP(スタートアップ):アイデアから利益を生みだす組織マネジメント

STARTUP(スタートアップ):アイデアから利益を生みだす組織マネジメント

 

 

モノを買うのは「問題解決」のためだ

 本書の特徴は、ビジネス書でありながら、中身は完全に小説であることだ。主人公はコンサルタント会社を辞めて、自転車の中古販売を手がけるスタートアップ「リバイシクル」を起業したオーエン。しかしながら、思うように売上は伸びない。完璧なビジネスモデルだったはずなのに、なぜ?そんなモヤモヤを抱えながら、ふとしたきっかけでラスベガスで開かれる世界ポーカー選手権に出場することに。そこで気鋭の女性起業家サムと出会って・・・というお話である。

 

 読者はオーエンの右肩下がりの起業を通じて「失敗」を追体験できる。サムのアドバイスをなかなか受け入れられなかったり、取り入れてみてもなかなか芽が出なかったり。現実はなかなかうまくいかない点も含めて、とってもハラハラできる。

 面白いのは、「なぜオーエンの起業は失敗しているのか」の根本部分をもったいぶらないからだ(それをわかっていないのはただ一人、そう、オーエンだけである)。「はじめに」で、著者のダイアナさんは大胆にも「スタートアップが失敗する理由」を言い切ってしまう。

 (中略)最初にはっきりさせておきたいのは、スタートアップの失敗とは無関係の要素だ。創業者が情熱を欠いていたり、全力で働く意欲を欠いていたりするのかーー違う。創業者が自分の貯蓄を投じるのを渋ったり、誰からも出資を仰げなかったりするから失敗するのかーー違う。創業者が必要なソフトウェアや製品を作れなかったから失敗するのかーー違う。

 (中略)創業者はすっからかんになってようやく「誰もこの製品(あるいはサービス)を欲しがらない」と気付くのである。

 こんなに単純なことなのだ。

 では、なぜこんなことになるのか?(p14)

 スタートアップが失敗するのは、「誰も欲しがらない製品・サービスを作っているから」。なぜ失敗するのかではなく、なぜこんな単純な理由を回避できずに失敗してしまうのかを主題にしているからこそ、本書は面白い。

 

 では「誰かが欲しがる製品・サービス」とは何なのか。ダイアナさんは「人は製品を買うように見えて、問題の解決策を買っている」と言い換える。

 人は特性や機能を求めて店に行くわけではない。「長持ちする物が欲しい」などと思って店の中を歩き回ったり、ネットサーフィンをしたりするわけではない。ではどうして店に行くのか。それは何らかの問題を抱えており、それをどうにかして解決したいと思っているからだ。カーペットにこびり付いている染みがどうしても取れない、自宅に子どもを置いたまま夜中に出掛けられない、退職後の蓄えが十分あるかどうか心配で仕方ないーーこのような問題で悩み苦しんでいる。だから問題を解決してくれる製品やサービスに対しては喜んでお金を払う。こんな人たちこそ顧客なのである。(p17−18)

 人は「問題解決」のためにモノを買う。これは物語に入っても、サムがオーエンに口を酸っぱくして言う。

 もう一度、冒頭の問いに立ち戻ると、こうだ。スタートアップはなぜ失敗するのか?誰かが欲しがるモノを作っていないから。つまり、誰の問題も解決できていないから。

 

 これは会社員にとっても共通する課題である。なぜ自社の商品は売れないのか。もっとミクロに、なぜ自分の仕事は評価されないのか。それはクオリティとかデザインとか価格とか、そんなことよりもっと根本にネックがある可能性がある。自社商品が、自分の仕事が、誰かの問題にフィットせず、選ばれる解決策になっていないから、ではないか。

 

「価値観」が負けを呼ぶ

 ポーカー大会の途中で出会ったサムはオーウェンにアドバイスをするが、二人の目下のテーマは、目の前の大会を勝ち進むこと。ダイアナさんが手練れなのは、このポーカー大会も、起業論を学ぶための一つの「素材」にしているからだ。

 

 中でも面白かったのが、サムと同じ組になったある男の「新人プロ」が、サムとの駆け引きに負けたシーン。新人プロは手札の役もないのに、サムが女性であることから、「弱々しく、怯えきっている。大きく賭ければビビって、簡単に降りる」と判断してブラフをかました。実際、サムの手札にはきちんとツーペアがあり、何より、臆病どころか肝っ玉の据わった女性起業家なのに、である。新人プロは無残に散った。

 

 ここでサムは、相手の敗因を「事実ではなく価値観に基づいて判断したこと」と喝破する。この勝負をオーエンが見ていてくれたら、と思いながら、頭の中でオーエンにこう説明してみせる。

 「この男が心の中でどう考えていたのか分かる? 大金を賭けてブラフをかませば、私を脅せると考えた。それまでのゲームをどう振り返ってみても、私を脅せるという根拠はまったく見いだせないというのに。では何を根拠に私の行動を予測したのか? 女性一般に対して抱いている価値観を根拠にしたか、これまで個人的に出会った女性の行動パターンを根拠にしたはず。これでは話にならない。スタートアップについても同じことが言える。潜在顧客に自分の商品を買ってもらえるかどうか予測するとしたら、何を根拠にする?」(p77)

 新人プロは、それまでのサムの試合運びからまったく「根拠」は見出せないのに、サムを「弱い女性」と決めつけた。「事実」よりも「価値観」「予測」を頼った結果、負けた。これはスタートアップでも同様である、とサムは指摘する。

 

 サムはこの後、潜在顧客が自分の商品を買ってくれるか判断するためには、「直接、潜在顧客に会って聞いてみるしかない」、つまり「事実」を獲得するしかないと説く。もちろん、ただ会って直球で「この商品ほしいですか?」と聞いても誘導にしかならない。正しいインタビューの方法は、ぜひ本書を開いて学んでほしい。

 

 ここで大切なのは、勝負に負ける時、そこには事実を軽視し、価値観を重視する姿勢があるということ。少なくとも負けないためには、ひっくり返すことが必要になる。事実を重視し、価値観を信じすぎないことだ。

 

降りれば次のゲームが待っている

 本書を気に入った理由は、「起業せよ!」「こうすれば成功する!」というテンションじゃなくて、「起業はけっこう失敗するけど、いいもんだよ」というフラットな姿勢で、「どう失敗に向き合うか」を教えてくれたからである。

 

 その教えの中でも心にくっきり跡を残したのが「降りれば次のゲームに参加できる」というメッセージだ。もし、失敗したら引いてもいい。いったん負けを認めてもいい。サムはオーエンの事業の傾きを見て、こう強調したのだ。

 「ねえ、ちゃんと聞いて。成功する起業家は失敗ときちんと向き合える。それこそお手本とすべき強さの一つ。どんなゲームであっても決して降りないポーカー選手はどうなる? すぐにチップが底を突いてしまう。降りれば次のゲームに参加できる。降りることで、できるだけ多くのゲームに参加できる。大きく勝つチャンスが訪れるまでね」(p181)

 どんなゲームでも降りない選手は、チップがすぐに底を突く。ゲームを降りることで、次の勝つチャンスに参加できる。肩の荷をそっとほどいてくれるメッセージじゃないだろうか?

 

 全ての会社員に捧げたいと思う。会社員として直面する全てのゲームに勝とうとした時、きっとその人は壊れてしまう。壊れないとしても、大切な何かを失ってしまうリスクがある。だから、「降りていい」。次のゲームは必ず来る。もし今いる会社でそのゲームが来そうにないなら、別の働く場所に移ったっていいはずだ。

 

 起業でも、何より人生でも、「勝つ」ことより大切なことがあるのかもしれない、と本書は教えてくれた。それは勝負をし続ける、ゲームに参加し続けること。ゲームのたびに、勝利の萌芽はあるのだから。反対に、絶望に陥らないこと。負けそうになったら、降りたっていい。人生も仕事も、長い長いゲームだから。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

STARTUP(スタートアップ):アイデアから利益を生みだす組織マネジメント

STARTUP(スタートアップ):アイデアから利益を生みだす組織マネジメント

 

 

 生きることに絶望する必要なんてないぞ。全身全霊の生き方をもってそれを教えてくれるのが、村西とおるさんの半生を描いた「全裸監督」(本橋信宏さん)です。「人生、死んでしまいたいときには下を見ろ!おれがいる。」

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 何度でもゲームに参加することを実践し、世界的な企業に成長したスタートアップが民泊関連企業エアビー・アンド・ビーです。その起業ストーリー「Airbnb Story」(リー・ギャラガーさん)はまさに、失敗からの再チャレンジの連続。元気をもらえます。

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