読書熊録

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最良の上司のような本ー読書感想「ポスト平成のキャリア戦略」(塩野誠・佐々木紀彦)

 良い意味で、もやもやする。「ポスト平成のキャリア戦略」は、このままの働き方でいいのかと悩むビジネスマンを揺さぶり、前進させてくれる。経営共創基盤(IGPI)取締役・塩野誠さんと、NewsPicks編集長・佐々木紀彦さんの対談。二人は読者を「煽り」まくるが、意見のぶつけ合いに予定調和はなく、だからこそ響く。繰り返されるのは「リシャッフル」、人生を作り直すこと。全身全霊で指導してくれる最良な上司のような本。幻冬舎。NewsPicksアカデミア17年12月テキスト。

 

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ポスト平成のキャリア戦略 (NewsPicks Book)

ポスト平成のキャリア戦略 (NewsPicks Book)

 

 

 

第1章でイライラしたら、通読しよう

 「ポスト平成のキャリア戦略」を読むべきかどうか、リトマス紙は第1章「ハングリー&ノーブルな生き方」。ここをちらっと見て「イライラ」または「もやもや」したなら、読む進めよう。もしもここに書かれていることを「当たり前」だと思えるほど、どん欲で強い理念を持ったビジネスマンなら、そのまま仕事をすればいい。自分は前者だった。

 

 なににイライラ、もやもやするのか。それはあまりにも、塩野さんと佐々木さんに容赦がないからだ。第1章では、日本のビジネスマンが、リーダーが、いやそもそも日本社会が、ハングリーさもノーブルさも足りないかを語る。

 佐々木:結局、考え抜けていないのは、生き物として全然切羽詰まっていないからだと思います。口では危機だと言っても、目の前には、普通にある程度幸せな生活がありますから。

 よくメディア業界の人から「われわれの会社はどうすればいいのでしょうか」と聞かれるのですが、そんなの部外者の私にわかるわけがありません。「こういうアイディアがあるのですが、どう思いますか」という問いならわかるのですが、答えを丸投げで求めてくる人に会うたびに、「何も深く考えていないんだな」「実は今に満足しているんだろうな」と感じてしまいます。(p46)

 

 しかし二人はただ「個で生きる力をつけよ」とか、決まった結論に向かって対談のふりをしてるわけじゃない。たとえば後半だが、塩野さんがライブドア事件で検察の苛烈な取り調べを受けた際の振り返り。

 塩野:ちなみに私を担当した検察官は弁護士になって、私は仕事を依頼しています。優秀ですし、何百時間も一緒にいたので、信用できますからね。

 佐々木:ある意味、刎頸の友ですね。

 塩野:一緒に飲むこともあります。こうなると人生の彩りですよ。

 佐々木:この体験で人生は変わりましたか。

 塩野:上司たちが逮捕され、友人を失い、泣きました。しかしながら人生観はそんなに変わらないです。企業倫理・理念について深く考えるようになりましたが。東京地検特捜部の取り調べに毎日変わった経験より、子どものころに大人に言われた残酷な言葉のほうがきついと思いますよ、人というものは。(p212)

 「人生が変わりました」という言葉がいかにも出てきそうな場面で、塩野さんは「そんなに変わらない」という実体験を披瀝する。ちなみに佐々木さんはこの後、「でも」とか「そうはいっても」と続けるのではなく、「面白いですね、人間って」と続ける。

 互いが互いの言葉に、人生に、興味関心を示し合うから、本書の対談は飽きない。人を本気でもやもやさせるし、だからこそ、衝動的な拒否反応で本を閉じてはもったいない。イライラした人ほど、読むべきだ。

 

リシャッフル・コーチャブル

 本書は半分で日本という社会の現状と、「これまで」優秀とされた人材と「これから」優秀とされる人材が違うということを示す。そしてもう半分で、20代、30代、40代と、各年代でどうすれば未来志向の人材になれるかを考える。

 

 アラサー(ぎりぎり20代)会社員としては、20代に何が重要かを論じた二人が挙げた「リシャッフル」「コーチャブル」が印象に残る。

 

 リシャッフルとは、人生の途中で人生をシャッフルする、すなわち「生まれ変わる」ことだ。それまで培ったものをいったん徹底的に破壊し、プライドを崩壊させて、もう一度歩み直すことだ。

 リシャッフルすることで、コーチャブルになる。コーチャブルとは指導可能、つまり、自分が知らないこと、足りないことを、先達に教えを請うて吸収できることだ。塩野さんはこう断言する。

 塩野:20代前半で失敗しないで「一流企業の花形部署にいます」といった根拠のないプライドを持って30代になって、そこで挫折を味わうと絶対に心が折れます。これは本当に大きな問題で、「自分の無力さと向き合う勇気があるか」がすべてです。

 佐々木:折れる人と、折れない人を分けるものは何なのでしょうか?

 塩野:起業家の例で言うと、十分条件ではないですが、必要条件と言えるのは、コーチャビリティ(Coachabillity:指導可能であること)だと思います。つまり、いろんな人の意見やアドバイスをいったん受け止めて、何でも「イエス」と言うのではなく、自分に必要なものを咀嚼する能力です。(p145)

 

 コーチャビリティは、「根拠のない自信」にとらわれず、自分の無力さと向き合うために、外部から必要なものを取り入れ、咀嚼する力だ。つまりネックは根拠のない自信であり、それを壊すためにリシャッフルが必要になる。

 

 これはアラサーの会社員なら実感を持って頷ける話じゃないかと思う。組織における「優秀さ」が必ずしも能力の高さではない。それは組織の「文脈に沿って」仕事を遂行できる能力なだけであって、優秀である根拠にはならない。

 自分がコーチャブルでいるか否か。根拠のない自信にむしばまれないよう、自分をリシャッフルする用意があるか。この2点は、たびたび自己点検が必要そうだと感じた。

 

自分と世界の間に理念を

 本書で学びになったのは、「40代で何をすべきか」のパートだ。30代までは、なんとか想像の射程距離が及ぶ。しかし40代は、その先は。自分のなりたいビジネスマン像が描けないな、と思っていた。

 

 塩野さんは、40代の飛躍の条件を2点に集約する。

 塩野:2つあります。ひとつ目は、 理念を説けることです。大きな理念をちゃんと真面目に言えること。2つ目は、部下に対して、嫉妬心なく100%育てようという気持ちになれるかどうかです。嫉妬とコンプレックスは無駄です。(p201)

 40代は理念を説けることと、部下を100%育てようという気持ちになれるかどうか。このうち「理念」の重要性を正面から言ってくれたことに、胸がすく思いだった。

 

 「理念」は、第1章で示された「ハングリー&ノーブル」のノーブル、また、最終章で示される「Good(優秀)からGreat(偉大)へ」に通底する。理念とは、目標ではない。目標に倫理と哲学を融合させて、「自分がなぜ生きるのか」「組織や世界はどうあるべきか、なにをなすか」を言語化したものだ。

 

 自分が40代以降の理想像を描けていないのは、まさに理念ができあがっていないからだろうと思い至った。あくまで今、心の中にあるコンパスは、会社で、あるいはビジネスの現場で「どんなプレーヤーになりたいか」であった。しかし理念とは、プレーヤーを「人間として」に深めて、「なりたいか」を「生きたいか、世界に何を示したいか」にひろげる必要がある。

 

 塩野さん、佐々木さんは「理念」について、「自分」だけじゃなく「世界」の側からも近づいてくるものだと語る。それも大きな発見だった。

 塩野:(中略)以前、ニッポン放送、フジテレビの買収案件のときに交渉相手だったサンケイビル社長の飯島一暢さんから「塩野さん、最近、調子どう?」と聞かれて「地味に何とか頑張っています」と答えたら「あなたがしっかりやっていれば、世間や世界がきっとあなたを見つけるから」と言ってくれました。確かに、そういうことはあると思うのです。若い人たちには、真面目にやることをバカにしないで、そう思っていてほしいです。

 佐々木:とくに中長期的には絶対そうですよね。世の中は意外とフェアです。お天道様が見ている、誰かが見ていると思えれば、明日に希望を持ちながら、楽しく努力できます。(p256)

 いまの働き方は、生き方は、「世界が見つけてくれる」にふさわしいものか?自分の側の努力と、世界の側にとって有意義かという視点を結べば、理念というものの姿が見えるかも知れない。 

 

 今回紹介した本は、こちらです。

ポスト平成のキャリア戦略 (NewsPicks Book)

ポスト平成のキャリア戦略 (NewsPicks Book)

 

 

 自分を変えていくこと。それは身近な仕事の組み立て方から実践できると思わせてくれるのが、業務改善士沢渡あまねさんの「『自分』の生産性をあげる働き方」です。「ポスト平成のキャリア戦略」のマクロな問題意識を、ミクロに落とし込めます。

www.dokushok.com

 

 キャリアを抜本的に変えていく、そのための勇気や、人生の見直し方を軽やかに学べる本があります。これまた対談本で、為末大さんと中原淳さんによる「仕事人生のリセットボタン」。新書でさくさく読めます。

www.dokushok.com