読書熊録

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なぜストレスが溜まるのか?ー読書感想「STOP STRESS」(マリーネ・フリース・アナスンら)

 なぜストレスは溜まるのか? どうすればストレスをコントロールしながら働けるのか? その疑問に理論的な回答をくれたのが、「STOP STRESS 北欧の最新研究によるストレスがなくなる働き方」だった。長年、デンマークなどでストレスを研究してきたマリーネ・フリース・アナスンさんと、組織心理学の専門家マリー・キングストンさんの共著。管理職向けに書かれた本ながら、「ナビゲーショナル・ボイド」「ストレスの階段」などの理論は、自分のストレス度を把握するツールになる。訳者不明。フォレスト出版。

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北欧の最新研究によるストレスがなくなる働き方

北欧の最新研究によるストレスがなくなる働き方

  • 作者: マリーネ・フリース・アナスン,マリー・キングストン
  • 出版社/メーカー: フォレスト出版
  • 発売日: 2017/10/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 

ストレスの正体ー仕事と自尊心

 本書はおそらく、デンマークで働く会社組織のマネジャー向けに「いかにして職場でストレスに苦しむ職員を減らすか」や「ストレスで心の病になった職員をどう復帰に導くか」を書いた本だ。しかし、その内容は国境を越えて日本にも生きるし、マネジャーでなくとも、ストレスの回避策・軽減策として学びがある。

 

 まず、「ストレスの正体は何なのか」というところからスタートすることが、本書の意義深いところ。驚いたことに、ストレスはこれだけ浸透した言葉なのに、国際的には25以上の定義が存在し、いまだに「ストレスとは何なのか」が議論の的だということだ。

 

 マリーネさんは、複数の研究から以下のような定義を採用する。これがシンプルながら、発見のある話だった。

 ストレスは、環境によって課された条件や要求が、自分の才能、技量、働きについての自己評価を超えていると考えたときに発生する。(p29)

 ポイントは、①ストレスは単なる負荷ではなく、シーソーのような現象である②問題になるのは「能力」ではなく「自己評価」であるという点だ。これは図解すると以下のようになる。

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 つまり、右側の環境負荷、仕事の忙しさや強度、上司のパワハラ度などが過重になり、自己評価、「前向きに仕事に向かっている力」が落ち込んだ状態が「ストレス」になる。だから、仮に同じ負荷でも、自己評価が下がらないならストレスは感じられないし、逆に何らかの理由で自己評価が弱っていると、がくっとストレスを感じることもある。

 

 天秤の左側は、なぜ能力でも才能でもなく、それについての自己評価なのか? マリーネさんは、「現代は仕事とアイデンティティが不可分になっている」ことをその要因に上げる。

 私たちが仕事に行くのは、もはや余暇を得るためだけではなくなりました。仕事は、今やただの手段ではなく、単純な労働と賃金の交換ではありません。私たちが望んでいるのは、仕事が意味をもち、自分が成長できて、自分の市場価値が高まることです。(p39)

 この指摘は非常に納得できるものだ。何のために仕事をしているかと聞かれて、「食べていくため」だけと答えられる人はどれくらいいるだろう。反対に、仕事での失敗が、「ダメな人間」の烙印と感じてしまう人の方が多いだろう。

 

 だから問題になるのは、仕事に深く結びついた自尊心、自己評価だ。もしも、ストレスを感じているとすれば、仕事の負荷だけではなく、それに対して自分がどんな心向きでいるのかも、点検する必要がある。

 

ナビゲーショナル・ボイド

 自尊心、自己評価が下がり続けると、何が待っているのか。それは「ナビゲーショナル・ボイド(ナビ能力の喪失)」という、自分を信じられない状態だ。

 自分の感情や、判断、感覚、現実感が歪んでいるか、間違っているとさえ思い込んでいる人は、しだいにそれらを情報源として使わなくなったり、完全に拒絶したりし始めることがあります。自分が世界を正しく解釈できているかどうかについて根源的な疑いをもつと、大きな不安が生まれます。それが甚だしくなると、自分の見ているものや、感情、感覚を、簡単に言えば否認する可能性があります。(p52)

 天秤が傾き、与えられた環境負荷を適切に処理できない。その場合、環境を否定するより、自分を否定する方へと走っていってしまう。そうしてナビゲーショナル・ボイドに陥ると、もはや、自分の考えや判断軸すらも信じられなくなる。

 

 こうなると、ますます負荷に対処することが難しくなる。道に迷っているのに、さらにナビが故障した状況を考えて見てほしい。焦って、さらに迷ってしまうに違いない。

 

 ナビゲーショナル・ボイドは無気力とも言い換えられる。仕事でストレスを感じているうちに、たとえばランチのメニューや、休日の遊びを選ぶことが億劫になったら。深刻なナビゲーショナル・ボイドに陥った可能性があると判断して、早々に休みを取った方がいいだろう。 

 

ストレスは階段である

 マリーネさんはストレスの正体を天秤の上の運動として捉え直してくれたが、ストレスが「ある・ない」と考える見方もまた、構造化してくれる。それが「ストレスの階段」である。ストレスはコップの水のように、ある水準に達したら溢れると捉えるより、階段状として認識した方が対応できる。

 

 この図解は極めて秀逸なので、本書を開いて読んでいただくとして、言葉で説明するとつまりこうなる(p77より)。

 自己評価が高く、健康な状態を「常温(Temperate)」と設定する。これは上記の「ストレスの天秤」が水平に保たれ、環境負荷と自己評価のバランスが取れている状態。ここが階段の一番上の段だとする。もっともパフォーマンスが高く、モチベーションもある状態だ。

 

 そこから一段、階段が下がった状態が「高温(Heated)」だ。高温ではすでにプレッシャーが高まり、ストレスの階段は一段深刻になっている。イライラや焦りはあるが、パフォーマンスはわずかに下がっているに過ぎない。むしろ、本人としては「つらいけど頑張っている」と思えてしまう。マリーネさんは、本来は常温に戻すべきなのに、いい感じだと誤解してしまうこの状態を「擬似効率」と呼んでいる。

 

 さらに一段下がると「過熱(Overheated)」状態で、既にナビゲーショナル・ボイドの入り口になってしまう。そして加熱が長期化すれば、「溶解(Meltdown)」。体調不良が顕在化する。そしてもっとも下の段が「燃え尽き(Burnout)」で、いよいよ病気療養に入ってしまう。

 

 私たちは、「常温」と「高温」を行ったり来たりしている。階段の上り下りができているならば、ストレスは怖くない。しかし、ストレスの階段を学ぶと、「高温」と「過熱」は一段しか違わないし、「過熱」から「燃え尽き」まではかなり短いということも見えてくる。なんとなく、頑張っている気が芽生える「高温」の段階で、実は意識すべきなのは「早く常温に戻ろう」ということなのが、よくわかる。

 

 本書は、仮に「燃え尽き」まで行ってしまったらどうするか、も考えていてくれている。ストレスの階段のどの状態にいても、遅くはない。ストレスを少しでもコントロールして、良く生きる術は残されている。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

北欧の最新研究によるストレスがなくなる働き方

北欧の最新研究によるストレスがなくなる働き方

  • 作者: マリーネ・フリース・アナスン,マリー・キングストン
  • 出版社/メーカー: フォレスト出版
  • 発売日: 2017/10/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 ストレス社会と言いながら、ストレスからの逃げ方を教えてくれる本は多くありません。「『死ぬくらいなら会社辞めれば』ができない理由」は、それをわかりやすく、ストレスを受ける側に寄り添いながら、教えてくれました。

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 ここではないどこかがあると思えると、心は少し軽くなると思います。広告会社を辞めてカウボーイになった前田将多さんの「カウボーイ・サマー」は、遠く青空の広がる牧場にまで連れて行ってくれます。

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