読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

ABTの三文字が伝え方を劇的に変えるー読書感想「なぜ科学はストーリーを必要としているのか」(ランディ・オルソン)

上手に伝えるために必要なことはたった1つ、ストーリーを学ぶことだ。

 

自分を含め多くの人が、うまく伝えられずに悩んでいる。伝えるべきことはたくさん思いつくのに、その十分の一すら伝えられていない。だけど、世の中には伝えるプロがいる。それがハリウッドだ。アメリカどころか世界中で、数千万人、数億人にその作品を届けている。だから自分たちには、ハリウッドの「ストーリーの作り方」を学ぶ価値がある。本書「なぜ科学はストーリーを必要としているのか」はその教科書になる。

 

極意はたった三文字に凝縮される。ABT。この三文字が、伝え方を劇的に変える。

 

著者のランディ・オルソンさんは科学者だ。いや、科学者だった。海洋生物学者としてハーバード大学で博士号を取得、終身在職権(テニュア)を得たものの、投げ打ってハリウッドの映画監督に転じた異色の経歴の持ち主だ。本書が面白くないわけがない。訳者は坪子理美さん。慶應義塾大学出版会。

f:id:dokushok:20180923125353j:plain

 

 

なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術

なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術

  • 作者: ランディ・オルソン,Randy Olson,坪子理美
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2018/07/20
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

伝え方は退屈か混乱かどちらかに陥る

なぜ自分たちの伝え方は下手なのだろう?なぜ伝わらないのだろう。

 

普遍的なこの悩みを考える時に、「物語のスペクトラム」が役に立つ。それは、話の中に物語の要素が少なすぎれば「退屈」だし、物語の要素が多すぎれば「混乱」することを示す。

つまらない・・・面白い・・・混乱を招く

語らない・・・・語る・・・・語りすぎ(p21より)

 

「退屈」な話になるとき、その話は「AAA型」になっているとランディさんは指摘する。「そして(And)、そして(And)、そして(And)」という構造だ。

これは非物語的だ。語られるストーリーはなく、単なる事実の提示があるだけだ。誓って言うが、この構造の話は退屈になる。退屈になることは、コミュニケーションがとりうる、二つの最悪の形の一つだ(もう一つは、混乱を招くこと。これについては後で簡単に見ていく)。(p136)

事実の羅列は物語にならず、退屈になる。ランディさんの例ではこんな感じだ。

「人々が歩いています。そして、犬を連れている人もいます。そして、一人ぼっちの人もいます。そして、太陽が輝いています。そして、木もあります。そして、・・・・・・」(p136)

 

たしかにつまらないなあと思うけれど、振り返ってみれば話す時に「AAA型」になることはよくないだろうか?伝えたいことが多い時ほど、その全てを順番に並べたがる。退屈の罠に自覚しないところではまっていることは多そうだ。

 

この対極にある「混乱」は「DHY型」になる。DHYは何の頭文字か?それはぜひ本書を開いて確かめてほしい。ポイントは、コミュニケーションにおいて物語の要素が全くないのは「退屈」だし、多すぎると「混乱」になる。そしてどちらも「面白くない」。

 

オズの魔法使いはなぜ面白いのか?

ハリウッドは退屈と混乱の間の最適点を射抜いている。だから面白い。最適点の物語構造とは何か?それが「ABT」構造だ。「そして(And)、しかし(But)、したがって(Therefore)」という、物語の本質だ。

 

ランディさんは日本語版の序文で本書のサマリーをABTで表現する。

 科学は多くの人々にとって偉大な喜びであり、そして、私たちの暮らしを向上させてくれるものです。しかし、科学のことを伝えるのは時に難しくもあります。したがって、私たちはコミュニケーションにいっそうの努力を費やす必要があります。(pⅲ)

どうだろう?本書に含まれる問題意識、展開が端的に理解できると思う。

 

面白い物語には、ABTが隠れている。本書ではたびたび名作「オズの魔法使い」が例に挙がる。当てはめてみるとこんな感じだ。

  • オズはカンザスで暮らしている。しかし、竜巻に吹き飛ばされ不思議の国に迷い込む。したがって、どうにかカンザスに戻ろうとする。

 

2013年に大ヒットした「ゼロ・グラビティ」はこんな感じ。

  • 主人公が宇宙にいる。しかし、宇宙船に大量のデブリがぶつかって、主人公は宇宙で迷子になり、宇宙船も壊れる。したがって、なんとか無事に地球へ帰還しようとする。

 

ランディさんの例示の方がもっと面白いので引用する。ヒッチコックの映像から抜き出したABTだ。

 ヒッチコックの映画から抜き出してきた物語的な映像は、こんなふうになるだろう。「室内に四人の男性がいる。そして、彼らは落ち着いているように見える。しかし、その中の一人が銃を抜く。したがって、誰かが撃たれることになる」。これがABTだ。そして、これは興味を引く。(p137)

ABT構造はシンプルであり、一方でButによる緊張感、冒険の予感がある。このバランスが「退屈」の罠にも「混乱」の罠にもはまらない、最適点といえる。

 

物語とは課題解決である

良質な物語=ABT構造の威力は凄まじい。ランディさんは、同じ「気候変動」を扱った「不都合な真実」「デイ・アフター・トゥモロー」を対比して、その違いを鮮明に示す。

 

「不都合な真実」は米国の政治家で元大統領候補アル・ゴアが、人類により環境破壊の数々を明示したドキュメンタリーで、一時期とんでもないヒットになった。これは「AAA型」、ひたすらに人類の所業と暗い行く末をファクトの形で紹介する。

一方で「デイ・アフター・トゥモロー」はありえない異常気象が次々と世界を襲い、主人公らがなんとか対応する物語だ。東京には雹の雨、ロサンゼルスには巨大竜巻。もちろんそれはフィクションで、非科学的だとさえ言える。ポイントは、こちらは「ABT構造」だということ。

 

二つの作品を、世界はどう受け止めただろう?ランディさんが語る。

 AAA構造のほうの映画は、二五〇〇万ドルを売り上げた。一方、ABT構造の映画は一億八六〇〇万ドルの売り上げを達成した。人々は今でも良いストーリーが好きなのだ。

(中略)

 この世界は今も物語の力で回っていて、ストーリーが事実上すべてのものに織り込まれている。だったら、なぜそれを恐れる? これは、この本全体で投げかける、もっとも重要な疑問かもしれない。(p244−245)

世界のあらゆるものに物語が織り込まれている。この世界は今も物語の力で回っている。これが、物語を学ぶべき、ハリウッドを見習うべき理由だ。誰もが物語に惹かれる。AAA型で伝えがちな人だって、本当はABT型の物語の方が聞きやすい。

 

ランディさんが、ここまで物語を重視するのは「物語は課題解決である」という信念を持っているからでもある。

 僕は物語、あるいはストーリーを、問題に対する解決策を探し求める過程で起きる出来事の連なりと定義する。

(中略)

 すると、「ストーリーテラー」というのは、問題に対する解決策を探し求める過程で起こった出来事の連なりを、順を追って話す人に他ならない。ここで、科学におけるストーリーの役割について、どこに「問題」が潜んでいるかが見えてくる。AAA方式から抜け出せない人は、明確な問題を示すことができておらず、問題を解決する過程で起きる一連の出来事を語ってはいない。それとは反対に、彼らは大量の情報を語っているだけだ。何のためのものかわからないまま、れんが工場で完璧なれんがをただ製造し続けているのだ。(p248)

物語とは課題解決である。だから物語を語れない人は「課題が何か」に気づけていない、明確な問題意識が示せていないということだ。

 

だから、上手く伝えるということは「鋭い問題意識」をもつことなんだろう。明確な課題設定からしか、明確な課題解決は生まれない。自分が話したいことをABT型に無理にでもしてみる利点はここだ。物語を紡ごうとする中で、だんだんと課題が浮かび上がってくる。その先に、自分なりの物語が、相手に届く瞬間がやってくる。

 

今回紹介した本は、こちらです。

なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術

なぜ科学はストーリーを必要としているのか──ハリウッドに学んだ伝える技術

  • 作者: ランディ・オルソン,Randy Olson,坪子理美
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2018/07/20
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

 

ABT型は実は人生を面白くするためにも大切かもしれません。いろんな苦境、逆境を次の「したがって」につなげることで、人生を豊かなストーリーに変えていける。そうなると「しかし」への対応が重要ですが、「OPTION B」はそこで発揮されるレジリエンスのつけ方が学べる良書です。

www.dokushok.com

 

物語の力を色濃く感じたのがいとうせいこうさんの「『国境なき医師団』を見に行く」だったんですが、よくよく見てみるとここにもABT構造が隠れている気がします。ファクトを伝えるにも、やっぱり物語は重要だと思わされる一冊。

www.dokushok.com