幸せは成功に先行するー読書感想「ハーバード流 幸せになる技術」(悠木そのまさん)
成功するから幸せになるわけではない。むしろ、幸せは成功に先行する。いますぐに、具体的に幸せになることは可能で、そんなポジティブな状態こそ成功を呼び込むことさえある。ワークスタイルデザイナー悠木そのまさんが、ポジティブ心理学や脳科学の大家からエッセンスを集約してくれた「ハーバード流 幸せになる技術」が伝えているメッセージは、ものすごく実用的で希望に溢れている。
成功は単純じゃなく「万華鏡戦略」が求められる。幸せは劇的さよりも回数によって喚起されるから、日常の「ちょっとしたこと」を存分に噛みしめる。モノよりも経験や関係性に注目すると、幸せを何度も反芻できる。本書には一つの精神論もなく、ひたすら技術的に幸せの獲得を目指す。PHPビジネス新書、2015年7月6日初版。
「万華鏡戦略」は幸せだからできる
幸せは成功に先行する。あるいは、幸せは成功に依存しない。本書のメッセージの根幹はこれだ。成功すれば幸せになれるという「神話」は実際のところ「罠」である。だからこそ、もっと科学的に、ロジカルに幸せを求めていく必要がある。
ハーバード流というのは伊達じゃない。ハーバード大には「サイエンス・オブ・ハピネス」という幸せを学問的に研究する分野の専門家が揃っている。ダニエル・ギルバードさんやタル・ベンシャハーさん。あるいはハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・M・クリステンセンさんも成功と幸せの関係性を探求している。悠木さんはこの専門家の知見をコンパクトにまとめてくれている。
幸せは成功に先行するというのは、幸せの側と成功の側と双方の視点から語り直すことができる。幸せの側からすれば「成功にかかわらず幸せになる方法はある」。成功の側からすれば「むしろ幸せだから成功できる」ということだ。
このうち後者をよく理解することが、身近な幸せに目を向ける前提になると思う。成功とは一体なんなのか。本書に溢れる要素のうち「万華鏡戦略」を取り上げる。
ハーバード・ビジネス・スクール教授のハワード・スティーブンソンさんは「成功には四つの必須要素がある」と語っているそうだ(p146)。
- 幸福感=人生についての悦楽感と満足感
- 達成感=活動領域での見優りする業績
- 存在意義の実感=身近な人にポジティブな影響をもたらしているという感覚
- 継承=誰かの将来の成功につながる価値や業績の確立
もしも「成功すれば幸せになる」と誤解した場合、このうち「達成感」や「幸福感」に偏った努力をしてしまうだろう。ひたすら業績を追い求め、それを得ることで優越感に浸る。しかし、そうなると「存在意義の実感」がおろそかになる可能性がある。同僚や、あるいは家族をないがしろにしたり、場合によっては蹴落とすことさえあるかもしれない。そして4番目の「継承」なんて、考えもしないだろう。
だからこそ4要素のバランスをあらかじめ勘案し、目標を上手に組み合わせる「万華鏡戦略」が大切になると、悠木さんは指摘する。
スティーブンソンらは、成功者たちはそのようなパラドックスを直観的に見抜いていて、葛藤のある目標も順序よく切り替え、全体のバランスをとっていることを明らかにしました。スティーブンソンは、成功者たちのこの能力を「切り替えと関連づけ(switching and linking)」と呼んでいます。
目標を切り替えるタイミングは「ジャスト・イナフ(ちょうどよい)」を判断基準とし、それぞれの引き際を計るよう奨めています。万華鏡戦略によって成功の全体像を把握していれば、ジャスト・イナフがいつなのかがわかるとのことです。(p147-148)
目標を「ジャスト・イナフ」なタイミングで切り替える。ある時は幸福感を追い、ある時は切り替えて継承に重点を置く。こんなことが可能なのは、目標意識がはっきりとして、かつバランスが取れているからだ。それは言い換えれば、「満たされている」からではないか。過度に幸せを追う必要がないからこそ、幸福感以外の成功要素にもちゃんと目が向く。
幸せであれば冷静に「万華鏡戦略」を遂行できる。だから私たちは成功するより「まず」幸せになる方がいい。
幸せは「ちょっとしたこと」が大切
悠木さんは幸せになる方法を「お金の技術」「キャリアの技術」「目標の技術」「行動習慣の技術」というカテゴリーに分けて、それぞれの観点から平易に説いてくれる。万華鏡戦略は後半の「目標の技術」の中で登場する。
これらのうち一番身近なのは「行動習慣の技術」だと思う。中でもハーバード大心理学部教授ダニエル・ギルバートさんの「幸せとは無数の『ちょっとしたこと』の積み重ね」という金言は、覚えた瞬間から幸せになれると言っていいくらいの威力がある。
これはエド・ディーナーさんらが発見した「ポジティブな経験の強烈さよりも回数のほうが幸せの予測因子としての影響が大きい」という調査結果をもとにしている。
つまり「映画スターとのデート」「ピューリッツァー賞の受賞」「ヨットを買う」といった強烈な体験のほうが幸せをもたらすように思われますが、実際には「ラクな靴を履く」「パートナーに盛大なキスをする」「フライドポテトをつまみ食いする」といった「ちょっとしたことの積み重ね」のほうが、人を幸せにするというのです。(p181)
幸せは強烈さよりも回数に起因する。1回映画スターとデートするより、週1回フライドポテトをつまみ食いする方が、幸せになれる可能性が高い。
これは「快楽順応」というメカニズムからも合理的だそうだ。人間は生き延びるために厳しい環境へも適応する能力が備わっている。この「順応」は幸福な環境にも同様に働いてしまうので、どんな快楽でもだんだんと「鈍って」しまう。だとすれば、幸せなことはいくつもあった方がいい。
あるいはハーバード卒でカリフォルニア大教授のソニア・リュボミアスキーさんが一卵性双生児や二卵性双生児を対象にした研究で明らかになった、「幸せを決定する要因のうち、遺伝的な設定値は50%を占め、環境は10%、残り40%は意図的な行動に左右される」(p157)というデータからも、ちょっとした幸せの大切さは理解できる。幸福感は行動でなんとかなる部分がある。だとすれば、日々ちょっとした幸せを感じられる行動を多く持っておくことは得策だ。
幸せをリサイクルする
「お金の技術」で紹介されている「倹約」も目からウロコのスキルだった。再びリュボミアスキーさんは「経済的な困難は生活の多くに有害な影響をもたらすが、幸せに与える影響は比較的小さい」(p56)と説く。なので、お金を使わずに幸せを引き出す「倹約」が可能だという。
倹約には4つの方法があり、中でも「リサイクルやリースによって最大の満足を得る」というのが面白い。
彼女は、詩人のアレン・ギンズバーグの「敷物を2倍意識すれば、2倍所有したことになる」という言葉を引用して、すでに持っているものにもっと心を配ったり、感謝をしたりすることで、幸せはリサイクルできると述べています。(p58)
幸せはリサイクルできる。「敷物を2倍意識すれば、2倍所有したことになる」という言葉の通り、モノとの関係性を見直し、より深く経験することで、新しい幸せを得ることが可能になる。
幸せのリサイクルが際立つのは「経験」だ。悠木さんはハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・I・ノートンさんの知見を引く。
さらにノートンらは、経験を買うことで「ノスタルジアの力」を享受できることも指摘しています。ノスタルジアとは「感傷的に過去を恋い焦がれる気持ち」です。社会学者のフレッド・デーヴィスは、ノスタルジアは「過去の幸せと達成を思い出させ、人を安心させる」うえ、「自分が価値ある人間だという自信を与えてくれる」と述べています。(p66)
経験は「ノスタルジアの力」をくれる。なんだか悲しい響きもあるけれど、実際は経験を反芻することで過去からパワーを受け取るポジティブなメソッドだ。
ノートンさんは何度も思い出せる幸せな経験を「経験の履歴」とも呼んでいる。経験の履歴は何年後でも何十年後でも、幸せな気持ちを呼び覚ます。先に映画スターのデートよりもポテトフライのつまみ食いだと言ったけれど、スターとのデートは一生物の経験の履歴となって、その後の人生で何度も幸せを感じられる可能性はある。
成功が幸せに対して価値を持つとすれば、まさしく経験の履歴としてだ。ただおそらく、失敗も「笑い話」にできるならば、貴重な経験の履歴になりうる。結局、上手くいってもいかなくても、人生の一ページにすぎないんだろう。そのくらいの気持ちで十分だ。
今回紹介した本は、こちらです。
幸せも具体的/科学的に考えれば、こんなにも実践可能なものになる。きちんと見れば悲観でも楽観でもない、可能主義に至れるという「ファクトフルネス」のメッセージを思い出します。
ちょっとしたことを大切にして、余すことなく味わっている人たち。誰かなあと考えると、「パリのすてきなおじさん」に登場するおじさんたちがそうじゃないか、と思いました。普通で、でも非凡なおじさんたち。