読書熊録

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夢を売る男―「トランプ TRUMP REVEALD」

 

トランプ

トランプ

 

  不動産でもなく、カネでもなく、彼が持っているものはヴィジョンというか、目の前の人に夢を見させる力なんだろう。読み進めるうちにそう感じてくる。帯の触れ込みが、まさしく本書の要約でもあった。「国盗り物語の全貌」。

 

 ビジネスで、最初は大言壮語、トランプの語り口にしてみれば「はったり」をかまして、それを現実にしていく様が詳細に書かれている。トランプタワー建設もカジノ事業も、そもそも資産や強力な土台があったわけではない。ただ相対する役所や出資者に、上手に「うまくいってる感」を見せていき、結果的に最高の青写真を手にした。次に売り出すのも実績よりも新たなはったり。だから、本当の所は一部のホテル事業やサプリメント事業で失敗しているのに、それを取捨選択できる(本人はライセンスを貸しただけで自分の失敗でないと語るかもしれない)

 

 プロセス自体は、今回の大統領選で勝利した経過と同じなのかも。トランプ流の勝利の方程式。だから、メキシコ国境に壁を築くとか、在留米軍の負担は各国持ちだとか、叶うことはないかもしれないというのは、支持者にとって前提の可能性もある。夢を見させてくれる。熱狂させてくれる。そしてそのうち、多少は実現する。バラ色の未来を与えられるよりも、一緒にサクセスしていけるような実感がほしかったんだろうか。

 

 読後にトランプへ好意を持ってしまうのは、なんだかんだ戦法が持たざる者のやり方に感じるから。もちろん父親も大変な資産家だったけれど、ビジネスへ向ける野心は身の丈以上で、だからこそはったりを用いた。離婚騒動などのスキャンダルも知名度アップに利用したけれど、どうやら「家族のことはばかにするな」という姿勢だったようだ。本当なら、裸一貫なわけで、それは「政府に見捨てられた」と感じている人々には受けるだろうな、と思った。

そのとき、彼は何を語ったか―「総理」

 

総理

総理

 

 

 16年近く国会や内閣の動きを追ってきた元TBS政治記者によるルポタージュ。テーマはずばり、「総理とは何なのか」。そして総理たる者の器としてどんな資質が求められるかを問い掛ける。

 

 有権者として政治家の見る目が確実に変わる。生い立ちや出身校を見る意味が、単なるブランド性の吟味じゃないことがわかる。記者志望の学生なら、政治記者とはどんな仕事をしているのかを知る格好の一冊だろう。主要登場人物の安倍晋三現首相や麻生太郎元首相、亡くなった中川昭一氏の人間ドラマとしても楽しめる。読み方が多様なのが本書の秀逸なところ。

 

 安倍さんが、中川氏の弔辞を読んだ後に何を記者に語ったか。東日本大震災で出会った少女には。外遊先のホテルでは。そのときの表情は。具体的なカギ括弧の言葉が「これでもか」というほど書き込まれていて、思わず自分が政治家の知り合いになったように思える。

 

 政治家も泣いて笑う。結局は人間が、この国の政策と政局を動かしている。

「戦前」を線でとらえる―「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」

 

 なぜ日本は太平洋戦争に突き進んだのか。その道筋を日清戦争日露戦争からたどっていく本書は、「無謀な陸軍と政府が戦争を引き起こした」と一言で語られがちな「戦前」を、線としてとらえるヒントをくれる。

 

 たとえば日清・日露戦争のころから、日本が得ようとした植民地は「安全保障上の理由」だったとの指摘。この視点があると、第一次世界大戦の際に欧州で繰り広げられた総力戦の衝撃を胸に、来るべき対ロ戦争を見据えて、満州などの獲得に乗り出した背景が見える。

 

 議論の基盤として、ルソーの「戦争とは相手国の憲法を書き換えるもの」「多大なる犠牲を払った戦争後には、新たな社会契約が求められる」という思想が序章で示される。日本はまさに敗戦で新憲法が制定された。しかしこのところ安全保障法制の見直しや、国民的関心を見ると、戦後の新たな社会契約は、日本の中で完成していないのかもしれないと思わされる。だとすれば、我々はどんな契約の中身を望むのか。

 

 また、相手の憲法を書き換えるものが戦争だとすれば、対テロ組織が引き起こす非対称戦争は、何なのだろう。その枠組みでとらえられるのか、また違った考察が必要なのか。