読書熊録

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最高に格好いい裏方がいるー読書感想「PIXER」(ローレンス・レビーさん)

「PIXER(ピクサー)」を、財務面で支えた最高に格好いい裏方がいる。その本人ローレンス・レビーさんが苦闘に明け暮れた日々を振り返ったのが本書「PIXER 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話」だ。CGアニメがまだ世になく、収益性は見えない。積み重なる赤字、ディズニーとの不利な契約、ベンチャー文化をどう維持するか。ローレンスさんはそうした危機に人知れず向き合ってきた。こんな職業人でありたいと思える人。井口耕二さん訳。文響社、2019年3月19日初版。

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PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話

PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話

 

 

自分だけが分かる勲章

ローレンスさんは「法律屋」かつ「財務屋」だ。ハーバード大を卒業後、アップルの株式公開をサポートした法律事務所「ウィルソン・ソンシニ・グッドリッチ・アンド・ロサティ」のパートナーになった。同所の対テクノロジー部門の設立にも関わった。その後、クライアントのスタートアップに移り、以来、企業経営に関わってきた。だから、クリエイティビティやアニメーションは門外漢。そんな彼をピクサーに一本釣りしたのが、スティーブ・ショブズ氏だった。1994年のことだ。

 

ローレンスさんのミッションは、ピクサーの上場(株式公開、IPO)を成功させること。でも、それまでに壁がありすぎた。まず、ピクサーには収益事業はほとんどなかった。「トイ・ストーリー」の公開は1995年11月で、この頃はまだCGアニメが世に受け入れられるかはまったく未知数だった。

なのにCGに莫大な投資を重ねてきたピクサーはとんでもない赤字を抱えていた。それを私費で賄ってきたのがジョブズ氏だったけれど、どうにも現場と折り合いが悪かった。さらに、仮に「トイ・ストーリー」がヒットしても、配給元のディズニーと結ばれた契約は「不平等条約」と言っていいもので、利益のほとんどはディズニーに持って行かれてしまう。

ピクサーはウルトラCを目指す。「トイ・ストーリー」をヒットさせると同時にIPOを行い、会社を存続させる資金を獲得する。ローレンスさんは、本当にヒットするかわからない「トイ・ストーリー」がヒットすることを投資家に確信させる役回りを担った。世の中にまだないものが、世の中を変えるんだと信じ込ませる難しい仕事だ。

 

2019年のいま考えると結果は明白で、「トイ・ストーリー」はヒットどころか爆発的ヒットを叩き出し、同時期のIPOは大成功を収めた。しかし、当時はローレンスさんがいたからこそ、投資家の納得を引き出せた。ローレンスさん自身も、それを何年後かに聞かされたという。実は、IPOに乗るかどうか投資家はギリギリまで迷っていた。

 それでもやろうとなったのは私がいたから、だったらしい。私は自分たちと同じようにリスクを見ているはず、また、ピクサーを評価する際、私がかなりの影響力を発揮するはずだと信じてくれたのだそうだ。スティーブがネクストに手を取られる分は私がなんとかしてくれるはずだろうとも思ってくれたらしい。背中がこそばゆくなるほどの賛辞だが、それでも、ピクサーを担ごうとロバートソン・スティーブンスが決断してくれたこと、ハリウッドで大成功するほうに自社の信用を賭けるという危ない橋を渡ってくれたこと、しかも、最初の映画さえ公開されていない状態でそこまでしてくれたことには、いくら感謝してもしすぎることはないと思う。(p203)

ジョブズ氏がトップに立ち、とてつもない才能のアニメーターを抱えるピクサーが可能性に満ちていることに疑いがない。でも、その反面として存在するリスクを正確に冷静に見ている人がいるのか。投資家の疑問に答えたのがローレンスさんだった。ローレンスさんがいるから大丈夫だろう、と思ってもらえた。乱暴に言えば、クリエイティブの門外漢であるローレンスさんが現場で奮闘していたからこそ、ピクサーのクリエイティビティは生きながらえた。

 

ローレンスさんを尊敬できるのは、こうした貢献を「背中がこそばゆくなる」という具合にしか語らないことだ。あくまで、投資家への感謝を語る。その前提として、ピクサーのアニメーター達への賛辞も繰り返している。

一方で誇るのは、自分だけの小さな勲章だ。ローレンスさんは、ピクサーの経営にあたってハロルド・フォーゲル氏のエンターテイメントビジネスの著作を参考にした。そこでは映画会社の株は「投資家にとっての悪夢」と語られていたが、改訂後、例外中の例外としてピクサーの成功が追記された。

 この追記に気づいたのは、世界中で私くらいなものだろう。それでも、この段落を思いだすたび、私は顔がほころんでしまう。(p205)

世界中で誰も気づかないかもしれない勲章。それを静かに誇るローレンスさんが素敵だ。

 

スポットライトを仲間に当てる

ローレンスさんの格好よさが際立ったのは、映画の最後に流れるクレジットをめぐる闘いだ。エンドクレジットには、映画製作に関わったスタッフの名前が記される。ただピクサーのバックオフィスにいる社員の名前は記載されない。ローレンスさんはこれを変えたいと思った。

なんとかディズニーを説き伏せることに成功し、次回作「バグズ・ライフ」には管理部門で働くスタッフの名前もスクリーンに映ることになった。ただし、条件がついた。役員はクレジットから除外する。その結果、部下は全員登場するものの、管理部門トップのローレンスさんの名前だけクレジットには書かれないことになった。ローレンスさんは悔しさを飲み込んで、「いいんじゃないですか」と返答した。その後、これはピクサー映画の慣例となった。ローレンスさんはこう語る。

 いまも、私は、ピクサー映画を見るときクレジットの最後まで待ち、支援部門の名前が流れていくのを目を輝かせて見ている。家族もよくわかっていてそこまで付き合ってくれる。ここを見るたび、私は涙ぐんでしまう。最近の映画だと知らない人のほうが多くなってしまったが、それでも、彼らが一生懸命働いていること、彼らがいなければ映画は完成しなかったであろうこと、そして、たとえつかの間であっても彼らの名前にスポットライトが当たるべきことはまちがいないのだ。(p263)

部下にスポットライトが当たってほしい。その思いを、自分だけがスポットライトを当たらないという条件で実現させるなんて、究極の部下思いだ。ピクサーは表に出ない人も含め全ての社員が支えているんだ。裏方で汗をかく社員が、この取り組みによって報われた思いになったんじゃないかと思う。

 

本当に大切なものを守る

ピクサーが「トイ・ストーリー」後もヒットを飛ばし続けるのは、映画製作のハンドリングを現場のストーリーチームに任せているからだという。クリエイティブを経営陣が握る方法ではなく、「自由にやらせる」スタートアップ流のスタイルを堅持した。

経営陣としては、現場に任せた分は自身のリスクに跳ね返ってくる。ローレンスさんはそれでも、現場に賭ける方を選んだ。

(中略)ピクサーのやり方を支えているのは、忌憚のない意見の応酬であり、自尊心を棚上げしてその意見に耳を傾ける強い意志である。そのあたりを考えると、私のなかにあるスタートアップ魂がチームに賭けろとささやいてくる。それがシリコンバレー流の映画製作だろう。リスクヘッジなんぞくそ食らえ。イノベーションに賭ける。すごいものに賭ける。そして、世界を変えるのだ。(p218)

ローレンスさんは財務責任者でありつつ、スタートアップ魂も燃えていた。魂が囁きかける声に真摯だった。イノベーションに賭ける。すごいものに賭ける。そして、世界を変える。IPOのときもきっとこの信念を貫いたんだろう。それを失わなかったからこそ、成功後も本当に大切なものを守る、ピクサーのクリエイティビティを守る経営判断ができた。

最も堅実であるべきポジションで、挑戦的なスピリットを持ち続けること。どちらか一色に染まらず、自分だけの色合いを探っていくこと。それがよき職業人の条件なんだろうと思った。

 

今回紹介した本は、こちらです。

PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話

PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話

 

 

ローレンスさんの姿を見て、「あなたの人生の意味」という本を思い出しました。履歴書に載るような輝かしい功績を目指すのではなく、追悼文で読まれるような道徳的価値に忠実であろう。ローレンスさんはまさに、良き追悼文が読まれるような人だ思います。

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スタートアップの内幕というのは教訓とドラマに溢れているなと思います。「サルたちの狂宴」は、そのFacebook版。キラキラした最先端企業にも狂乱があることが、生々しいエピソードでわかります。

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