大国は自壊する。崩壊は内側から始まる。外部の侵略や打倒は衰退の原因ではなく徴候である。「なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで」は、ローマ帝国、明(中国)、オスマン帝国、イギリス、カリフォリニア州など、豊富な事例でこの事実を明らかにしてくれる。キーワードは財政不均衡とレントシーキング。国を守るためには人徳ではなく制度が重要だ。著者はコロンビア大学大学院ビジネススクール院長のグレン・ハバードさんと、米ハドソン研究所主席エコノミストのティム・ケインさん。久保恵美子さん訳。日経ビジネス人文庫、2019年6月3日初版。
なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで (日経ビジネス人文庫)
- 作者: グレン・ハバード,ティム・ケイン,久保恵美子
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2019/06/04
- メディア: 文庫
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財政不均衡
ローマ帝国は外部の民族の侵略によって滅ぼされたのではない、と本書は指摘する。侵略は衰退の徴候であって、原因ではなかった。
(中略)アセモグルとロビンソンはこう主張する。「ゴート族、フン族、バンダル族がローマに勝利したのはローマの衰退の徴候であって、原因ではない」。実際、古代ローマは存在したすべての期間を通じて国外からの大きな軍事的脅威にさらされていたが、その脅威に負けたのは「国内の経済的停滞」を経験したあとのことだった。(p170)
なるほど、様々な国防上のリスクは常にローマにつきまとったのに、なぜ最終盤で壁が破られたのか。グレンさんらが本書を通じて繰り返す要因がそこにある。それが「経済的停滞」。経済が崩れた国は、国そのものが崩れていく。
ではローマの経済的停滞はなぜ生じたか。そこで注目すべきなのが財政不均衡だった。例として、トラヤヌス帝の施策が挙げられる。
彼は人気のある皇帝ではあったが、その治世にはローマ帝国の経済的不均衡につながる最初の要素がいくつか見られる。トラヤヌス帝はローマ周辺の貧困を緩和する、初の福祉政策に着手した。これは広範な政策ではなく、導入された地域でも一般化しなかったが、もともと中身が問われるというよりも象徴的な意味合いの強い策だった。とはいえ、これによって、国家には市場がもたらす不平等を埋め合わせる義務があるという原則が確立した。三ヶ月に及ぶ剣闘士の試合という見世物も、この時期独自のものではなかったとしても、国にとって費用がかさむ娯楽だった。(p173)
子どもの貧困を是正する福祉政策も、コロシアムも、国民に対して良かれと思った打ち手だったはずだ。だが、こうした政策の財源捻出は大きな負担となり、この後、通貨の改悪など市場の混乱の引き金になる。そうして拡大を続けていた帝国経済は収縮していった。
同じことは明でも起こった。鄭和が広大な貿易圏を作り出したのに、明は衰退した。永楽帝は税を3倍にし、主に運河や紫禁城の建設に当てられた。また洪武帝は政府の許可のない交易や旅行を禁じて、自由な経済を阻害してしまった(p215)。国の支出が増大すると、市場から収奪するしかなくなり、結果的に国が弱っていく。今の日本に当てはめてみると、暗澹たる気持ちにならざるを得ない歴史の教訓だ。
レントシーキング
もう一つ、面白い現象だと思ったのが「レントシーキング」。レントシーキングとは、特定の集団がレント(超過利益)を確保しようと政策を訴え、ロビー活動することを指す。ローマの場合は、外敵との戦いのために増強した軍隊がレントシーキング状態になり、政府そのものがレントシーキングに走った。
ローマの軍隊が権力を独占したことで文官と武官の権威の分離がなくなり、ついには軍隊が皇帝位の継承を完全にコントロールするようになったという点で歴史家の意見は一致している。軍隊はレントシーキングの戦略をとり、他のすべて、すなわち安定、経済的繁栄、市民の自由、さらには国家の安全まで犠牲にして、みずからの収入と権力を最大化した。この軍隊の欲望によって税はますます重くなり、最終的には税基盤、通貨、貨幣経済までもが崩壊した。(p192)
ローマだけではない。オスマン帝国でもレントシーキング集団が国を蝕んだ。当初は異民族統合に役立った、徴兵制に基づく実力主義集団「イェニチェリ」だ。
(中略)国内の権力バランスはスルタンに奉仕するようにたくみに設定されていたものの、オスマン帝国の政治の大きな弱点は、スルタン位の継承のルールがあいまいなことだった。権力中枢に近い権威ある存在だったイェニチェリは、やがて”キングメーカー”の立場に立った。彼らはまもなく宮廷でクーデターを起こし、傀儡的なスルタンを擁立して、場合によっては直接支配権をふるうようになった。(p269)
集団には自己生存本能がある。生存本能が過剰になると、生存から繁栄、繁栄から暴利を目指し、集団はレントシーキングを起こす。ローマ軍もイェニチェリも優秀な組織だった。優秀さが度を越すと、魔物になってしまう。
日本にはレントシーキング集団はいるだろうか。大切なのは、どんな組織もレントシーキングに走りうるし、だからこそ巨大化した組織はそれだけをもって弱体化する、あるいは競争的環境に戻す必要がある。ダムが決壊したらもうどうにもならないように、組織がレントシーキング化すればきっと国家は沈没する。
なぜバスケットは面白くなったのか
どうすれば財政不均衡やレントシーキングを防げるのか。それは「制度」だ。制度しか衰退を防げない。国民意識も国家のトップの人徳も関係がない。
制度の重要性を説く際に、グレンさんらはバスケットを引き合いに出す。これがめっぽう面白かった。
なぜマイケル・ジョーダンはスターになったのか。それは、スリーポイントシュートというルールが新たに追加されたからだった。スリーポイントシュートが導入されたことで、ディフェンスは前方に引きつけられるようになった。すると、近づいてきたディフェンスをかわしてゴールを叩き込む余地が生まれる。それが嫌でゴール前に張り付くなら、悠々とスリーポイントを決めてしまえばいいのだ。
ジョーダンはこのスリーポイントを武器にした。ジョーダンの身長は200センチに満たず、もしもスリーポイントがなければ、210センチや220センチといった長身選手がゴロゴロいる世界では突出しなかったかもしれない。このスリーポイントルールを大学バスケで導入したのが、1945年、ホブソンという監督だった。ホブソンが制度変更を行わなければ、ジョーダンにいくら才能があっても意味がなかったかもしれない。
制度が全てを左右する。ジョーダンの例をとって、グレンさんらはこんな教訓を導き出す。
多くのルール変更は、最初に提言された時は論争を起こすが、やがて広く称賛され、その後は当然視されるようになる。(p33)
制度は変更可能だ。そしてどんなに論争を招いても、その変更はいつか称賛される。そして当然とさえ言われるようになる。いいにつけ悪いにつけ、である。制度を変えることを諦めてはいけないし、制度を変えなければ失われる何かがあることを肝に命じたい。
今回紹介した本は、こちらです。
なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで (日経ビジネス人文庫)
- 作者: グレン・ハバード,ティム・ケイン,久保恵美子
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2019/06/04
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人類史を振り返ると学ぶことはあまりにも多いですね。本作は国家論ですが、AIなどテクノロジーの面で人類史を考えた「純粋機械化経済」もおすすめです。
制度がガラッと変わった世界を想像するには、SF小説がいい教科書になると思います。たとえば男性支配の現状が女性支配に逆転したら?そんな世界を描いた「パワー」は刺激的で、示唆に富んでいます。