読書熊録

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ネットワーク科学の専門家が紐解く人間関係論ー読書感想「私たちはどうつながっているのか」(増田直紀)

信用の時代だと言われている。ネットワーク・つながりをどうすれば豊かにできるか、誰もが知りたいと思っている。一方で、その方法論はインフルエンサーの個人的経験が多くて、どうにも再現可能性が低いようにも思えてしまう。そこで本書が役に立つ。脳理論や複雑ネットワークの専門家である数学者・増田直紀さん「私たちはどうつながっているのか ネットワーク科学を応用する」だ。

 

鍵となる概念は二つ。人間関係の広がりを理論化した「6次の隔たり」。一方で安心感を担保する「クラスター」。この二つをバランスよく駆使することで、安心しつつ、異なるコミュニティを行き来するような関係づくりができそうだ。また、いわゆるインフルエンサーの存在を「スケールフリー」「ハブ」という概念で分析することもできる。実用的だし、知的好奇心もくすぐられる。中公新書。

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私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する (中公新書)

私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する (中公新書)

 

 

スモールワールドを実現する「6次の隔たり」

増田さんのネットワーク論がまず分かりやすいのは、「人間関係は枝で表現できる」というスタートラインだ。

 

例えば会社の人間関係を考える。まず頭に浮かぶのは、会社という箱に10人、20人が入っている図。枠と人の集合が人間関係に思える。ここで「枝」を導入する。10人の集合でも、自分が枝を伸ばしているのは誰だろうか。隣の席の同僚。人事考課者の部長。仕事のやりとりが多い営業の誰々さん。このように、人間関係は基本的に二者関係で表現ができる。「私」と「あなた」の関係こそ人間関係ということになる。

 

二者関係こそ人間関係、という前提に立って、非常に面白い現象が最初に紹介される。それが「6次の隔たり」。もはや人口に膾炙しているが、世界中の誰とも6人ほどの人間を介すればつながれるという、「スモールワールド」の理論だ。

でも一見すると不思議だ。人間関係が二者関係なら、バケツリレーのようにネットワークが広がるはず。会社の同僚の知り合いの・・・というリレーを続けても、とてもアフリカにまで人の輪が広がるとは思えない。ここにどんなカラクリがあるのか?

 

増田さんは、2004年にフジテレビで放送された「アフリカのサントメ・プリンシペ民主共和国に住むアドリアーノという男性から、何人の紹介で笑福亭鶴瓶師匠にたどり着けるのか」という企画を題材にする。結論から言うと14人目の紹介で本当に鶴瓶さんまで来た。6次よりはもう少し掛かるけれど、100人、千人の単位ではないというのがポイントだ。

 

たった13人で鶴瓶さんにたどり着くまでに、とんでもないジャンプが起きている。6人目まではアフリカを抜け出すことさえなかった。しかし7人目で、南アフリカで漁業をする男性につながり、そこから彼の故郷の鹿児島に飛んだ。一気に日本だ。そこから11人目で大阪のバー経営者に行き、13人目に紹介されたスナックの経営者のお店に、鶴瓶さんが飲みに来ていて決着する。

 

「6次の隔たり」が現実に起こるのは、南アフリカで漁業を営む男性が「日本」と「アフリカ」という離れたコミュニティを架橋するように、「近道」になるような人間関係が存在するからである。

ここがポイントになる。「知り合いの多さ」よりも「近道をどれだけ持っているか」の方が「世界の広さ(あるいは世間の狭さ)」に寄与する。自分とは「異なる」ところへ顔を出す、出会いにいくことは、人生の豊かさにつながる。

(中略)リレーが効率的に起こるためには、バトンタッチが起こる2つのコミュニティの種類が似通っていないほどよい。職場仲間から自分の子どもの保護者の集いへ、あるいは学生時代の友人からバーの知り合いへとリレーする。すると、知人の連鎖は、一挙に異なる世界へと足を踏み入れることができる。(p36)

 

安心は「クラスター」で生まれる

「6次の隔たり」を学ぶことで、「近道」をつくっていけば世界が広がることがわかった。一方で、人間関係は「広さ」だけではなく「強さ」も大切。友人が100人いるよりも、困った時にも自分を支えてくれる親友が少しいる方がよほどありがたい。

 

増田さんは人間関係の強さ、安心感の部分を作る概念として「クラスター」を教えてくれる。クラスターは「複数の人が集まった時、そのメンバー全てが枝でつながっている状態」を指す。例えば3人で考えると、それぞれの枝がつながった状態はすなわち三角形。4人なら四角形に対角線が加わった形になる。

 

クラスターが安心を生むのは「ゲーム理論」で説明できる。二者関係では、特定のルール上で相手を「裏切る」メリットが浮上してしまう。だからこそ二者関係は緊張をはらみうる。

一方でクラスターの場合、AがBに裏切りを試みても、Bは依然、Cに支えられる。むしろAはCから「なんだこいつ」と思われるわけで、「裏切ると孤立する(デメリットが生じる)」という状況が成立する。だから裏切れない。これが安心の正体になる。この場合にBがいなくなっても、AとCは互いに支え合えることを「頑強性」と呼ぶ。

気づかれた方も多いように、これはいわゆる「ムラ社会」の構造と同じ。クラスターは安心を生む代わりに閉鎖的でもある。

 

それでも増田さんは、外に広がっていくつながりと同じくらい、頑強性のあるクラスターを持つことは精神衛生上、大切だと説いて、こんな例を引く。

 あなたの精神的な調子が長期にわたって優れないとする。すると、他人とのコミュニケーションをとる機会が減って、あなたは徐々に枝を失う。あなたの調子が悪いという事実は、あなたがもともとクラスター(コミュニティといってもよいだろう)に属していたならば、コミュニティ内の他の人たちが認識している。すると、「最近(あなたと)連絡とれないんだよね。大丈夫かな」と思っている人が複数いることになる。そのコミュニティの中にいるあなたの友人たちは、あなたについて話しあってくれそうだ。誰が見てもあなたが危機にあるとわかったら、友人はあなたを放っておかないはずである。あなたは助けを得られそうだ。(p102)

クラスターは誰か一人を失っても機能する頑強性を備えているが、裏を返せば誰かが失われそうになることをコミュニティとして認識する機能を持ち合わせている。それがセーフティネットということだろう。もし、この「あなた」が二者関係だけしか持ち合わせていなければ、このように「心配してもらう」という経験は得られない。

 

「6次の隔たり」で世界を広げる。一方で自分なりの「クラスター」を大切にして足元を確かにする。人間関係を豊かにするとは、つまりこういうことのようだ。

 

インフルエンサーは「先住権」

増田さんは「スモールワールド」のほかに後半で、「スケールフリー」というネットワークの性質を紹介してくれる。これは「枝をひたすら増やしていける人が存在する」という話、つまり「世の中にはインフルエンサーが生まれうる」ということになる。

 

年収の例が引かれている。年収をグラフにすると、高年収の人はひたすら高年収であることが分かる。前澤社長のように、桁違いの大富豪が存在する。人間関係、枝の数もまた同様だ。これは「優先的選択」という機能が働くからだという。人間は新しい知人を得るときに、すでに枝の多い人を選びやすい。10億円の金融資産が利息だけでも収入を生むように、人間関係の枝が多い人にはさらに枝が集まっていく。

 

このように人間関係がスケールフリーしている人を、増田さんは「ハブ」と定義する。ハブになるには3つの条件があるという。「能力」「先住権」「運」だ。このうち面白いのは「先住権」だと思う。つまり、コミュニティに先にいる人ほど優先的選択を受けやすい。あなたが立食パーティーに遅れて参加したとして、入りやすいのは人の輪ができているところ。「先にいる」かつ「枝が多い」ことで、新規参入の枝をさらに取り込める。

 

インフルエンサーのオンラインサロンに所属する方が、自分で新たにコミュニティを立てるケースが多いのはなぜだろうと思っていたが、それは「先住権」を「創出」するためなのかもしれない。裏を返すと、先住権を取れない時点でハブになれる可能性は下がるわけで、インフルエンサーの「真似をする」というのは悪手なのだろう。

 

今回紹介した本は、こちらです。

私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する (中公新書)

私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する (中公新書)

 

 

人間関係そのものを考えるのが面倒くさくなるときもあると思いますが、そんな時は日本とまったく違う社会を想像すると楽しい気がします。「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと」はまさにそんなニーズに応える一冊で、プナンという民族社会が日本の凝り固まった価値観をほぐしてくれます。

www.dokushok.com

 

魅力的で居心地のいいクラスターを作るのはなかなか難しい。理想の一つは、コミュニティがふんわりつながっている小川糸さんの小説の世界かも。本屋大賞にノミネートされた「キラキラ共和国」をどうぞ。

www.dokushok.com