読書熊録

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尊厳ある仕事が消えるー読書感想「アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した」(ジェームズ・ブラッドワーズさん)

「アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した」は、イギリスの記者ジェームズ・ブラッドワースさんが国内の最低賃金の労働現場に潜入し、その内幕を告発した一冊になる。明らかにされるのは、中間的な所得を保証し、人間的な営みのある「尊厳ある仕事」が消えつつあるということ。アマゾンの倉庫ではトイレの時間さえ「怠けている時間」と言われる。ウーバーでは奴隷のような服従が求められるドライバーの仕事が「個人事業主」だと言い換えられる。イギリスの労働者を覆う絶望は、日本よりはるかに先を行っているように感じた。濱野大道さん訳。光文社、2019年3月30日初版。

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アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

  • 作者: ジェームズ・ブラッドワース,濱野大道
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/03/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 

非人間性はそこかしこに転がる

アマゾンの倉庫で、マネージャーがピッカー(倉庫の整理人)のジェームズさんにくどくどと繰り返したのは「生産性」だった。「もっと生産性をアップしなきゃいけないぞ」。でもマネージャーが「怠けている時間(アイドル・タイム)」と呼ぶものは、実際は些細なトイレ休憩でしかなかった。

 そこまで生産性にこだわるのであれば、従業員がトイレに行くことに文句を言うよりもむしろ、代わりにトイレを増設するべきなのは明らかだった。トイレは1階にしかなく、この巨大な建物の最上階で働く私たちのグループメンバーは、4階分の階段を下りないとトイレにたどり着くことができなかった。私は一度、クリスマス用の装飾セットの箱の横に、淡黄色の液体が入ったペットボトルが置かれているのを見たことがあった。(p66)

マネージャーは生産性を上げろというけれど、それはピッカーにトイレを我慢しろというだけで、トイレを増設して効率を上げるという発想はない。労働者にコストを「外部化」することで、企業としてのコストを圧縮しようという魂胆がこんなところにも見える。アマゾンが効率的で安い秘密はここにあると思うとゾッとする。

 

じゃあ生理現象さえ犠牲にして生産性を上げたピッカーは報われるのか。そうじゃない。ある男性は、風邪で休んだだけで解雇された。

(中略)ピッキングの目標基準をつねに上まわり、いつも時間どおりに出勤した。そして何より重要なことに、仕事のほぼすべての側面を支配する無数の細かいルールをなんとか破らずに切り抜けた。にもかかわらず、この勇ましい新たな経済ーー病は許しがたい罪だとみなされるダーウィン的弱肉強食の世界ーーは、唾を吐き捨てるように彼を解雇した。彼が犯した罪は、生意気にも風邪を引くということだった。彼はトランスラインの規則にしたがい、始業の1時間前に会社に電話し、マネージャーに風邪を引いたことを知らせた。しかし、そんなことにはなんの意味もなく、彼は派遣会社にクビを言い渡されたのだった。(p56)

アマゾンの倉庫は風邪を引くことが「許しがたい罪」だった。なぜなら罪人を放り出しても、新たな労働者は簡単に手に入るからだ。

 

さらに問題なのは、労働者自身が非人間的な環境に置かれた結果、サービスを受け取る消費者に「加害する」恐れが出てきてしまうことだ。ジェームズさんは倉庫の次に訪問介護の現場に入った。そこでは20分の滞在時間が厳守され、それを守ろうとするあまり高齢者にしわ寄せがいっていた。

(中略)あるとき、眼の不自由な男性の入浴を手伝っていると、予定時間の20分を超えてしまったことがあった。そのようなときには、割り当てられた20分よりも長くとどまるか、ネグレクトの恐れを感じつつ家を出るかの選択を迫られた。ほぼすべての介護士は、高齢者が食事を与えられずに放置されたり、服も着ずに寒い家に取り残されたりしているのを目の当たりにした経験が少なくとも一度はあった。(p140)

経営層が求める生産性は、現場では非人間性に転化される。非人間性はそこかしこに転がっている。

 

アソシエイト、あなたが社長という美辞麗句

ジェームズさんが伝える苛烈な労働の様子に目を向ければ、企業側が発するメッセージがあまりに美辞麗句だと分かる。もちろんちゃんとした理想なのかもしれないけど、メッセージが実態を覆い隠す霧にされていないか、注意が必要だ。

ジェームズさんはアマゾンで言われる「アソシエイト」に噛み付く。「ジェフ・ベゾスもピッカーもアソシエイトです」と高らかに宣言するマネージャーに心中で毒づく。

(中略)仕事のあいだに「アソシエイト」たちの足はむくんで1・5倍に膨らんだ。そして真夜中ごろになると、化膿した足を引きずりながら家までとぼとぼ歩いて帰った。「アソシエイト」はどんなときにも、ジェフ・ベゾスのような人々よりも下等な人間として扱われた。だからこそ、そのような状況を利用して大成功を収める人々は、生身の人間が置かれた現実とは異なる美辞麗句の世界を作り出そうとするのだろう。(p27)

 

ウーバーの「あなたが自身が社長」も同様だ。ウーバーは「ドライバーは従業員ではない。好きな時間、好きな場所で働いてください」という。しかし、実際にはドライバーは乗車リクエストの80パーセントを受け入れなければアカウントを維持できないとしている(p275)。仕事のほぼ全てを受け入れろと言われる「社長」なんて本当に社長だろうか?

言葉に注意が必要だ。美辞麗句のメッキを剥がしても本当に輝きがあるのかを確かめなければいけない。

 

労働者が労働者を服従させる

問題を複雑にしているのは、アマゾンにしろウーバーにしろ、それを利用する消費者にとっては恩恵があるということ。だから労働者の窮状に目が行きにくいし、なんなら消費者自身が、同じ労働者が、労働者を服従させることさえある。

 

ジェームズさんはウーバーのドライバーをする間、客の高圧的な態度に苦しめられた。乗客が誤って乗車場所をアプリに入力したのに、それさえもドライバーの失敗だと責められた。

(中略)ウーバーのドライバーとして働くときの問題は、自分が対等な立場として扱われないことだけではなかった。それは、この種の仕事ではよくあることだった。驚くべきは、人々がドライバーに完全なる服従を求めてくることだった。これまで経験してきた仕事のなかでも、これほどの威圧感を覚えたことはなかった。「乗客はあなた方ドライバーの顧客です」とウーバーは言うことを好んだが、「ウーバーの顧客」と表現したほうが正しいように感じられた。(p281)

なぜかウーバーのドライバーに完全な服従を求めてしまう。ユーザーファーストの姿勢、ユーザビリティの向上が、そこで働く労働者さえ自由自在に操れるという錯覚を生むのだろうか。

 

生理現象を否定され、顧客からは奴隷のように扱われ。アマゾンもウーバーもたくさんの雇用を生み出しているけれど、その雇用は十分な尊厳を備えているだろうか。あるいは、もう仕事というものに尊厳は伴わないんだろうか。なんとかして日銭を稼ぎ、人間性を保つためには別のコミュニティとつながるべきなんだろうか。この答えはジェームズさんにも見えていないし、世界の誰にも見えていない。だから考えなきゃいけない。

 

今回紹介した本は、こちらです。

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

  • 作者: ジェームズ・ブラッドワース,濱野大道
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/03/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書を読むと未来に不安がよぎるけれど、基本的に世界は良くなっているし、今後も良くなるはず。その確信を科学的、実証的に深められる本が「ファクトフルネス」でした。バランスを取るにも格好の一冊だと思います。

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最底辺の仕事を他人事だと思うのは早計で、実はそこに転がり込んでしまうリスクは誰にでもどこにでもある。それを物語で感じ取れるのが、畑野智美さんの半自伝的小説「神さまを待っている」です。頼れる人の少なさから貧困に陥った女性を描きます。

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