読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

読むエスプレッソー読書感想「ザーッと降って、からりと晴れて」(秦建日子)

サラッと読めて、でもぐっと癒される本がある。そういうページ数の少ない、厚みの薄めの本が好きだ。「アンフェア」の生みの親で知られる秦建日子さんの連作短編集「ザーッと降って、からりと晴れて」(河出文庫)は、まさにそういう、エスプレッソやぐーっと濃いイタリアンローストコーヒーのような本だった。もしあなたが、何も希望を抱けないほど落ち込んでいて、でも30分だけ時間があるのなら、本書を手にとってほしい。タイトル通り、心はからりと晴れていく。(2017/10/09追記)

 

ザーッと降って、からりと晴れて (河出文庫)

ザーッと降って、からりと晴れて (河出文庫)

 

 

人生は、間違えられるからこそ素晴らしい

 200ページに5作品が連作の形で収められていて、主人公はそれぞれ、同じ世界で大小様々なつながりを持っている。そして、人生の壁にぶちあたっている。フロントを飾る「エレベーター」では、早期退職を迫られている55歳の男性会社員。その後も、なかなか芽が出ないドラマ脚本家や、離婚目前のキャリアウーマン、いつまでも彼氏の本命になれない恋から抜け出せないアラサー女子。そんな彼らが、「天国に一番近い島」で知られるリゾート地「ニューカレドニア」をキーワードに、不思議に関わりあっていく。エレベーターにいたっては、ほんの30ページなので、本当にすぐ読めるが、そんな短い中にもニューカレドニアを差し込んでいくのは、まるで大喜利みたいな見事さだった。

 

秦さんが小説家であり脚本家であるからか、映像が浮かぶ、ドラマのような文章世界が心地いい。だからこそスイスイ読めちゃう。それと、やっぱりセリフ。一つ一つが刺さるというか、すっと心の隙間を埋めてくれるイメージだ。

 

どこで、何ページ目で出てくるかは即ネタバレなのであえて伏せたいと思うけれど、たとえばこんな言葉に自分は胸を打たれた。

 

 「『でも、あいつは可能性あるよ。だって、あいつはさ、自分がどれだけダメな人間かって、ちゃんと知ってるもん』」

「…………」

「『若いやつらってみんな、自分が大好きってだけでさ。悩んでるのはフリばっかでさ。自分はオンリーワンでいい子ちゃんでかわいくて格好よくて才能もちょっとはあるみたいに思っててさ。その自信の根拠を示せ根拠をって言いたくなるようなやつばっかでさ。でも、◯◯(ブログ主注;登場人物名です)は逆なんだよ。あいつは、ちゃんと自分のダメさ加減と向き合える(中略)』」

こんな風に誰かに言ってほしいな。言ってほしかったな。そう思ってしまうのは、読者も主人公たちのように、やるせない災難や、失敗や、不幸や、裏切りや、後悔に、人生で一度くらいは出会ったことがあるからだと思う。そういう壁の前で立ち尽くして、誰にも助けてもらえなくて、でも最後には親しい誰かの優しさに救われた、そんな経験があるからだと思う。

 

タイトルのザーッと降ってからりと晴れて、は、まさにそんな人生の悲喜こもごもを端的に表している。悲しみの雨を、ジメジメしたものじゃなくて、スコールのようにザーッと降ってるなと思ってみる。その後にはからりと晴れるんだと。そうすると、楽になる。濡れてもいいかなと思える。

 

そんな言葉が、また別の箇所にある。このセリフに出会った時、作品を貫くメッセージが腹に落ちるんじゃないだろうか。ぜひ出会ってほしい。

 

「人生は、間違えられるからこそ、素晴らしい」

「…………」

「本当だぞ。人生は、間違えられるからこそ素晴らしいんだ。だから、◯◯(登場人物名)。おまえは、もっともっと間違えていい。もっともっと、間違えたっていいんだぞ」

 

間違えたら、雨が降ったら、思いっきり打たれてみよう。苦いからこそ、美味しい。間違えるからこそ素晴らしい。さ、今日からまた、頑張ってみよう。

 

今回紹介した本は、こちらです。

ザーッと降って、からりと晴れて (河出文庫)

ザーッと降って、からりと晴れて (河出文庫)

 

 

 生きるパワーをくれる物語。2017年10月現在、猛プッシュしたいのが早瀬耕さんの「未必のマクベス」です。シェイクスピアの悲劇を根底に置きながら、まったく新しい作品世界と、優しいエールをたっぷり含んだ小説です。

www.dokushok.com

 

 とにかく笑って元気になれるエッセイ風ノンフィクションといえば、バッタ研究者前野ウルド浩太郎さんの「バッタを倒しにアフリカへ」。どん底でだって、笑顔でいられる。それを全力のバッタ好きパワーで教えてくれます。

www.dokushok.com