読書熊録

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永遠の山登りを楽しむー読書感想「仕事人生のリセットボタン」(為末大/中原淳)

ランナーでありツイッターなどで発信される言葉もユニークな為末大さんと、「学び」や人材開発の専門知識を洒脱に伝えてくれる研究者・中原淳さんが、「右肩上がりのエスカレーターのないこの時代にどう働き、どう生きるか」を考える一冊。本書「仕事人生のリセットボタン」は、「働き続ける」ためにある種のリセット、キャリアや働き方の切り替えが大切だと説く。社会がどう変化するか、勤め先がいつ無くなるか、吸収されるか分からない、不確実な今。大切なのは「永遠の山登り」を楽しむことみたいだ。

 

仕事人生のリセットボタン: 転機のレッスン (ちくま新書 1270)

仕事人生のリセットボタン: 転機のレッスン (ちくま新書 1270)

 

 

ランナーのスランプと、会社員のマンネリは似ている?

 対話形式で進む本書の背骨になっているのは、中原さんの「アスリート人生は仕事人生の縮図である」という見立てだ。これにははっとさせられる。アスリートは、どんなに才能が花開いても、かならず引退を迎える。それも20代とか30代とか、会社員であれば「中堅」にさしかかってきた、かなり早い段階に。だからこそ、アスリートがどう活躍し、どう引退して、その後どう食べていくのかは、サラリーマンが80年や100年のライフプランをどう作っていくかとリンクする。

 

 一例で「ホステージ理論」が示される。これは、日本企業はバリバリ働いている若い頃は生産性に対して給与が少ない一方、晩年期には生産性に対して多い給与がもらえる、すなわち労働が「人質(ホステージ)化」されている仕組みだ。中原さんからこの話を聞いて、「オリンピックが当てはまる」と語る。

 為末 僕らの世界で当てはめると、トレーニングを貯蓄みたいに考えると、努力とリターンが見合わないことはよくあります。試合で結果が出ると名誉とか金銭を得られて努力に見合うと考えます。オリンピックがある年に、四年間たまったものが一気にペイされる。給与全額を引き出せるような感じです。でも、そこでうまくいかなければ引き出せない。(中略)(p41)

 

 こうやって次々とアスリートと会社員生活の共通点が導かれていくが、面白かったのがスランプについて。為末さんは、スランプをこじらせるランナーには、「よくわからず速くなったパターン」や「プライドを削れないパターンがある」と説く。

 為末 甲子園を狙っているチームと一緒で、「野球以外のことを考えているんじゃない」と。こういう価値観で育つと、その二つの傾向は強くなる。さらに、そもそも「陸上以外」の世界があることを知らない。なので、それでも陸上をやめないということになる。そもそも目隠しをされてその地位に到達した。そうすると、他の世界にいくのが怖いという気持ちがわいてくることもあります。

 中原 外の世界に、なにがあるか怖いということですね。(p74-75)

 

 これを読んで、「働くことがマンネリ化して変化を恐れるベテラン会社員」のそれだなと膝を打った。自分もそうだけど、多くのサラリーマンは「自分がなぜこれだけの給与をもらっているか」説明できないと思う。目隠しをされて役職についている。それにあぐらをかいてるうちに「プライド」が育って、身動きが取れなくなる怖さがある。

 

「コピペできない経験」を積む

 これは「LIFE SHIFT」などでも議論されている課題で、いま・これからの時代は、いつ雇用が揺らいでもおかしくない上に、会社組織を引退した後の人生がすさまじく長い。だからこそ複層的なキャリア形成が必要になるが、それを為末さんや中原さんは、「山登りをし続けること」と表現する。アスリートが金メダルを一個獲得しても一生食っていくことができないように、次々とチャレンジをし、「変わっていくこと」で初めて、「あの人は変わらないね(=変わらず頑張っているね)」となる。

 

 では山登りをし続けるために、何が大切なのか。色んなエッセンスが提示されているのが読みどころだけれど、自分は「コピペできない経験」のキーワードが刺さった。

 

 中原さんは、チャレンジを続けるガソリンとして「経験」を重要視する。その上で、誰にもまねできない経験がどんなものか、次のように分かりやすく語ってくれる。

 為末 給料とか待遇には、すぐに目がいきますが、経験に目がいく人は少ないかもしれませんね。

 中原 おっしゃるとおりです。「経験という貴重な資源」や「コピペできない資源」に、人は、なかなか注目しません。僕は、東大の学部生に授業で、家庭教師でバイトするのと、スタバでバイトするのどっちがいいって聞くんですよ。(中略)僕はスタバでアルバイトしたほうがいいだろうなって思うんです。そこでは接客とか、多様な客層とか、そういう東大生が目にしないもの、経験しないことを経験できる。東大生が家庭教師をやるのは、「過去の成功体験」を資源にした「自分の時間の切り売り」なんです。(p224)

 

 これもまた、会社員には耳の痛い話じゃないか。新入社員の頃は見るもの全てが新しくて、必死に仕事にかじりついて、スキルを磨く。でもいつの間にか、培ったスキルで回せてしまう仕事が増える。そうやって、いつのまにか仕事がスキル育成から「時間の切り売り」に変わってはいないだろうか?

 

 だからこそきっと、リセットボタンが必要だ。いまを「ゼロ」としたときに、どんな力を伸ばせば、どう成長できるのか。今まで登っていた山道を回顧して、間もなくつく山頂に安堵している暇はない。次の、それもさらに高い山を目指さなくてはいけない。本書はその第一歩になってくれる良書だった。

 

 今回紹介した本はこちらです。

 

仕事人生のリセットボタン: 転機のレッスン (ちくま新書 1270)

仕事人生のリセットボタン: 転機のレッスン (ちくま新書 1270)

 

 

 中原さんの研究室ブログも読み物としてとっても好き。

www.nakahara-lab.net