読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

「逃げ恥」以外ー読書感想「『ファミリーラブストーリー』」(樋口卓治)

人気漫画&ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」に感動したものの、「こんなにうまくいくものなの?」と疑問が浮かんだ方に、樋口卓治さんの小説「『ファミリーラブストーリー』」を薦めたい。逃げ恥は、「契約結婚」から始まり、真実の愛を見つけた。本書は真逆で、「妻からの離婚宣言」からスタートする。なぜ私は妻と別れたくないのか。物語は、ハッピーエンドで終わるのか。エキサイトさは逃げ恥同様、もしかしたら超えるかもしれないと約束したい。

 

「ファミリーラブストーリー」 (講談社文庫)

「ファミリーラブストーリー」 (講談社文庫)

 

 

ワタシトリコンシテクダサイ

主人公は、夫婦円満なホームドラマを数多く手掛けてきた脚本家・野田隆介。売れっ子ドラマクリエイターだ。実生活でも愛妻家で通っている。ある日、妻今日子が、切り出す。

「会社が倒産した夫に妻がかける言葉でしょ」

 「そう。なんて言う?」

 「おかえりなさい、かな」

 「だよね」

 母親に褒められたときのような嬉しさがこみあげた。

 今日はこれくらいにして一杯やろう。

 パソコンを終了し、「で、そっちの話って何?」と本棚のウイスキーに一瞥を投げながら聞くと、妻が言った。
 「ワタシトリコンシテクダサイ」 (p10)

 今日子が言った言葉は「私と離婚してください」。でも隆介の頭では意味を結ばない。唐突な告白って、たしかにそんなもんだ。離婚するかもなと思って、離婚を切り出される夫なんていないだろう。でも強調したい。物語が始まって、まだ10ページである。

 

この物語は、約230ページある。その最序盤で離婚を切り出された夫の自問自答が、ストーリーの本筋であり、読みどころになっていく。

 

なんで別れたくないのか?

 逃げ恥は、契約結婚した後に、「相手を愛しているだろうか」と問い始める。いわば右肩上がりのストーリーだ。ファミリーラブストーリーは真逆。円満だったはずの家庭に崩壊の兆しが見えたとき、「なぜ相手と別れたくないのか」を問う。

 

隆介は、まさに新作のファミリーラブストーリーの脚本を抱えている。自分が紡ぐ物語の中の夫婦は愛を育んでいるのに、自分の愛はほころび始めている。そのアイロニカルな状況の中で、世間体や、惰性や、男のプライドに直面して、そしてかなぐり過ぎていく。

 

もちろん、結局離婚するかどうかは、本書の肝であり明かすべきではない。でもこれだけは言える。契約結婚から真実の愛を見つけた逃げ恥「以外」の道だって当然ある。ファミリーラブストーリーはそれを教えてくれるし、だからこそ気持ちいい物語だ。

 

見所は、隆介が「妻から離婚を切り出されている」ことを周囲にカミングアウトし始めた後の展開。隆介が思うほど、周りは受け止めることを避けはしない。ここも、たった二人で愛を見つけた逃げ恥とは異なるポイント。行き詰まって、苦しんだとき、人は周囲に助けを求める。みっともない姿を晒した時に、以外にも差し伸べられる手は多い。

 

たとえば、ドラマプロデューサーの関と、編集者の雨宮草子を交えたバーの会話が好きだ。実は雨宮も、離婚を経験していた。

 関が一通り説明を終えると雨宮は「はい」と手のひらを顔の横に挙げて発言を求めた。

 「どちらかが別れたいと言った時点で、一緒にいる意味はないと思います」

 関は自分の仲間が増えてにんまりしている。

 「でも……」

 「でもなんすか?」雨宮は隆介をからかうように首を傾げ言った。

 「もしかして妻の選択は間違っているかもしれない。今はそこを探っている時期というか」

 「じゃあ、選択が正しいと思たら離婚するってことですよね」

 「まあ……」

 「野田さん、もしかしてそういうのを愛情だと思ってません?」(p126ー127)

放送作家で、デビュー作「僕の妻と結婚してください。」が映画化された樋口さん。こういう丁々発止で、瑞々しい会話が繰り返されていく。だから離婚物語なのにヘビーになり過ぎないし、正論だらけの教条的な物語にもならない。あくまで生の人と人との物語が展開する。

 

いま恋愛に悩んでいる人でも、反対に大切な人と結婚を考えている人でも、本書から学ぶできポイントは多いはず。逃げ恥が好きな人も、大嫌いな人も、楽しめる一冊だ。

 

今回紹介した本はこちらです。

 

「ファミリーラブストーリー」 (講談社文庫)

「ファミリーラブストーリー」 (講談社文庫)