読書熊録

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人類起源探求SFー読書感想「Ank:」(佐藤究)

 近未来を描きつつ、「人類はどこから来たのか」という「未知の過去」に果敢に挑んだSF小説が、佐藤究さんの「Ank: a mirroring ape」だった。突如として人間が狂い、隣人と殺し合いを始めた《京都暴動(キョート・ライオット)》。その原因はウイルスでも化学兵器でも扇動でもなく、一匹のチンパンジーだった?。散乱したいくつもの謎が結びつき、像を結ぶのは言いしれぬ快感だった。講談社。

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Ank: a mirroring ape

Ank: a mirroring ape

 

 

開始6ページで《暴動》

 出だしから、ふんだんに謎がちりばめられる。モノローグ調のプロローグをはさみ、開始わずか6ページで凄惨な《京都暴動》の発生が告げられる。各章の冒頭には日付と「国務長官会見」や「インタビュー(1)」と、文書などのタイトルが明示されて、その集積として物語が進行する。この方式はシルヴァン・ヌーヴェル氏のSF「巨神計画」に共通するスタイルだ。

 

 2026年10月28日日本時間午後11時、米国務省長官会見によると、2日前の10月26日に《京都暴動》が発生し、「多数の死傷者」が出ている。原因を調査するものの、判明したことは、ウイルス・病原菌・化学物質が原因ではないこと。テロ攻撃の可能性は低いこと。意図的な情報操作による扇動ではないこと。それくらいだ。

 一方で、なぜか米国内のSNSや動画配信サイトが「政府の要請」で停止されている。また、「Almost Zombie(ほとんどゾンビ)」を意味する「AZ」という言葉が流布し、暴動がゾンビによるものであるかのような臆測が流れているが、それも否定している。

 暴動?ゾンビ?。クエスチョンだらけだ。状況が断片的に伝えながら、少しずつ物語を動かしていくのは、この後も本書の特徴として際立つ。最初は行ったり来たりに混乱するかもしれないが、独特のパズル的な読書感覚は頭を刺激して面白い。

 

われわれはどこから来たのか?

 その後、物語の日付は暴動の「3日前」まで引き戻され、京都府亀岡市にあるチンパンジー研究施設の研究者・鈴木望(すずき・のぞむ)へのインタビューに移る。ここでタイトルにある「ape」、類人猿の登場が予感される。

 

 謎の暴動を主題にしながらも、硬派な科学的事実の積み重ねを本書は大切にしている。たとえば鈴木は最初のインタビューで、霊長類にうとい記者に「猿(モンキー)」と「類人猿(エイプ)」の違いを説明する。DNA論や、言語論類人猿の群れの社会制度、自己認知論も厳密に俎上に上げられ、その上で《京都暴動》という奇想天外な出来事まで持っていく。このギャップが凄い。

 

 いったい類人猿の一種、チンパンジーの何が《京都暴動》につながったのかはネタバレになるので触れられないが、その深淵には画家のポール・ゴーギャンが提示した普遍的な問いがある。「われわれはどこから来たのか、われわれは何ものか、われわれはどこへ行くのか」だ。鈴木へのインタビュアーとして登場する科学誌のライター・ケイティは、こう語る。

 チンパンジーと人類の遺伝子のちがいは、わずか一・八パーセント程度でしかない。自分たちとたった一・八パーセントだけしか変わらない生きもの。彼らを知ることが、人類進化の謎を解く手がかりになる。

 人類が、どうして人類たりえているのか。

 その問いに答えられる科学者は、いまだにいない。

 それはつまり、人類全体が記憶喪失にある――ということでもある。なぜなら、自分が過去にたどってきた道を正確に説明できないのだから。

 みずからのルーツがわからないものに、未来が思い描けるだろうか?(p32)

 「人類全体の記憶喪失」。そんな壮大な疑問に、佐藤さんは思わぬ仮説で挑んでいく。 いままでどこでも聞いた事のない仮説だ。そしてその仮説が、《京都暴動》を解き明かす鍵にもなっていく。

 小説でありながら科学ノンフィクションのような読み心地も楽しめる。勉強になる一冊だった。

 

 今回紹介した本はこちらです。

Ank: a mirroring ape

Ank: a mirroring ape

 

 

 断片的な語りから壮大な謎を描くSFとして共通する「巨神計画」。発表後、即映画化決定というモンスター作品なので、おもしろさは間違いなしです。

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 人間の暴力性を考えるノンフィクション「ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度」も、本書の読者には興味深いのではないかと思います。

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