読書熊録

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レジリエンスを学ぶー読書感想「OPTION B」(S・サンドバーグ)

 苦しみからもう一度生き直す力「レジリエンス」を、これ一冊で深く深く学べる。「OPTION B 逆境、レジリエンス、そして喜び」は、著者でフェイスブックCOOでもあるシェリル・サンドバーグさんが、突然直面した最愛の夫の死にどう向き合ったかを記した苦闘の書だ。個人的な体験を、心理学者アダム・グラントさんらとの対話を重ねて、科学的知識を含んだ普遍的なものに変えている。死別、離婚、失業、突然の病ー。もしもあなたが人生の困難に直面していたら、本書はきっと力になる。櫻井祐子訳、日本経済新聞出版社。 

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OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び

OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び

 

  

立ち直りを阻む3つのP

 2015年、サンドバーグさんは最愛の夫を突然亡くした。2人の子どもはまだまだ幼い。「その日」の様子を鮮明に書き出すところから本書はスタートするけれど、まるで昨日のようにはっきりと描かれる悲しみに、思わず言葉を失う。それはあまりに突然で、サンドバーグさんは「自分で選ぶはずもなく、まったく覚悟をしていなかった人生」と表現する。

 

 そこから、どうやって生きていくのか。それが本書のテーマだ。そしてまさに逆境や困難からもう一度生きていく力が、「レジリエンス(resillience)」である。日本語では「精神的回復力」とか「復元力」と訳されるが、サンドバーグさんの言葉に触れた後は、「生き直す力」という言葉がぴったりな気がする。

 

 レジリエンスを学び育てる上で、大切な概念になるのが、困難からの立ち直りを防ぐ「3つのP」の存在だ。心理学者のマーティン・セリグマンの提唱したものだという。

 それは、「自責化(パーソナライゼーション)」、「普遍化(パーバシブネス)」、「永続化(パーマネンス)」である。それぞれ、自分が悪いのだと思うこと、その苦難が人生のすべてだと思うこと、苦難がずっと続くと思うこと、ということ。サンドバーグさんはさらに噛み砕いて、こんな風に表現する。

簡単にいうと、3つのPとはヒット曲の『すべてはサイコー!』の裏返し、「すべてはサイテー!」の状態である。「このサイテーなできごとは自分のせいだ。何もかもがサイテーだ。この先ずっとサイテーだ」という考えが、頭のなかをぐるぐるまわり続けるのだ。(p21)

 この3つのPを覚えているだけでも、直面する困難からちょっとだけ心を離せるかもしれない。夫を突然失った時、「もしもあの時、自分がこうしていれば」と責めてしまうのは仕方がない。でも、全てが自分のせいであることはありえない。最愛の人を失ったことが、人生のすべてを真っ黒に染めることもない(そう思えてしまうとしても、だ)。そして明けない朝がないように、この悲しみにも出口はある。

 どれもこれも、苦難の真っ只中にいては意識が難しい。でも、「3つのP」が頭の片隅にあれば、少しずつ、その苦しみにいい距離感で向き合える糸口がつかめるかもしれない。

見えないゾウ

 ここからサンドバーグさんは、具体的に自責化・普遍化・永続化を解消するための様々な心理学的概念や、それを噛み砕いたストーリーを語ってくれる。その中で、「見えないゾウ」という話が非常に印象的だ。「見えないゾウ」は苦しみの当事者だけではなく、「苦しんでいる人を周囲がどう支えるか」という課題にも関わる概念だからだ。

 

 サンドバーグさんの頭の中には、常に夫デーブのことがある。失った最愛の人のことを、思わないことなんてないのだ。一方で、友人ら周囲の人は、デーブの話題に触れると悲しみを呼び起こしてしまうと思って、その話題を避けてしまう。サンドバーグさんは、その時の記憶をこんな風に語る。

 友人たちが尋ねてくれないと、なぜなのか理解に苦しんだ。目の前に立っているのに姿が見えない。透明人間にでもなったような気がした。だれかがギプス姿で現れたら、みんな目を丸くして「どうしたの?」と質問攻めにするだろう。足首が砕けたら、何が起こったのか根掘り葉掘り聞かれるだろう。でも人生が打ち砕かれたら、何も聞かれない。

 その話題は何度となく避けられた。親しいお宅に夕食に呼ばれたときも、友人夫婦は食事のあいだ中ずっと、たわいのない話をしていた。狐につままれたような気分で耳を傾けながら、心の中で会話した。そう、ウォリアーズは絶好調よね!そのチームの大ファンだったのはだれか知ってる?デーブよ。(中略)(p44)

 夫の死の話題を避けてスポーツの話をしても、そのチームが好きだった夫のことが思い浮かぶのである。困難の当事者は、その困難を思うことを避けられない。まるで巨大なゾウが部屋の中にいるのに、自分以外には誰も見えないかのように、誰も「ゾウがいるわね」と言わない。困難の当事者と周囲とのこんなギャップが「見えないゾウ」の正体だ。

 

 「見えないゾウ」を見えるように、そして、できたらゾウに部屋から外に出てもらうようにするには、どうしたらいいのか。それにはまず、「ゾウがいるね」と認めることだ。苦しんでいる人とともに、ゾウを見ることだ。いくらゾウを避けても、苦しんでいる人の目の前から「見えないゾウ」は消えないのだから。

乗り越えなくていい。生き直す

 悲しみを経験したあとにもう一度前を向く人を、「乗り越える」と表現することがある。しかしサンドバーグさんは、それよりも「やり直す」という言葉を印象的に使う。子どもたちとの、こんなエピソードが胸に残っている。

(中略) それからは「やり直そう」が、わが家の合い言葉になった。デーブを思い出させるものごとをやめてしまう代わりに、積極的に受け入れ、生活の一部として続けることにしたのだ。デーブごひいきのチーム、ミネソタ・バイキングスとゴールデンステート・ウォリアーズの応援をやり直した。デーブが幼いころから2人に仕込んだポーカーをやり直した。ある日仕事から帰宅したデーブが、5歳と7歳のわが子がポーカーをしているのを見て、あまりの誇らしさに感極まった、という話に2人は大笑いした。(p136)

 最愛の夫との思い出を置いて「乗り越える」のではなく、その思い出を抱えながら、もう一度「やり直す」。そして「新しい喜び」を感じていく。これがサンドバーグさんが選んだ、3つのPの先にある道だった。

 サンドバーグさんは「ハッピーエンドで終わる物語ばかりではない」ことをきちんと踏まえている。冒頭、「これから紹介する希望に満ちた物語の陰には、乗り越えられないほど過酷な逆境の物語が多くある」「逆境に力強く立ち向かう方法を示したからといって、逆境そのものの根源を断つ責任は免れるわけではない」と、はっきりと宣言している。 その上で、提示してくれたステップが「やり直す」ということだ。

 

 レジリエンスとは何か。本書を読むとそれは、復元力や回復力というような「パワー」「強さ」よりも、「変化していく」こと、「自分で選ぶはずもなく、覚悟もしていなかった人生」に入ってしまった後もなお「生きていく」ことなんだろうな、と思わされる。そのための考え方や、技術を学んでいくことが、レジリエンスを育てるということなんだと思う。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び

OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び

 

 

 苦しみから、ときには「逃げる」ことも大切な「生き方の技術」だ。汐街コナさんの「『死ぬくらいなら会社辞めれば』ができない理由」は、命の危険を伴う苦しさ「過労」をテーマに、たくさん逃げていいと勇気をくれる一冊です。

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 人生に希望を灯してくれる物語を考えた時に、恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」が思い浮かびました。登場人物それぞれの生き方が響きあう群像劇。きっと誰かの生き様に背中を押されると思います。

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