読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

居場所はきっとあるー読書感想「ふたご」(藤崎彩織)

 10代の頃、誰しも悩んだと思う。なぜ生きているのか。自分は必要な人間なのか。大切な人を、大切にできるだろうか。そんな問いに繊細な筆致で向きあう作品が、藤崎彩織さんの初小説「ふたご」だ。藤崎さんは、バンドSEKAI NO OWARI」のピアニストであり演出家Saoriさんとして知られている。「ふたご」も、ピアノに打ち込む少女と苦悩の果てにバンドを始める青年の物語で、現実とフィクションが柔らかく溶け合う。恋愛小説のようで、その実は「救い」をテーマにした青春小説だと思った。この世界に私の居場所はありますか?。うん、きっとあるよ。そんな肯定の物語だ。文藝春秋。

f:id:dokushok:20171029121430j:image 

ふたご

ふたご

 

 

SEKAI NO OWARIとシンクロ

 「ふたご」の主人公は、中学二年生でピアノの道を進もうとしている西山夏子。学校や女友達とうまく関係を結べずにいる夏子は、独特の言葉や思考、感性を飄々と表に出す一つ上の先輩、月島悠介にどことなく惹かれている。しかし、月島は進学した高校を中退し、心機一転で旅立ったアメリカの留学先からも2週間で帰ってくる。そして精神疾患の一種である「パニック障害」になり、苦しみはどんどん深まっていく。

 

 「ふたご」で展開される物語は、SEKAI NO OWARIのボーカルFukaseさんとSaoriさんの状況とシンクロする昔やっていた「情熱大陸」で、Fukaseさんは自ら精神病院に入院した経験があることを語っていた。ウィキペディア情報になるが、高校中退も、アメリカ留学からパニック障害で2週間で帰国した、という点も、月島と一致する。

 この私小説的な空気感に引き込まれる。Saoriさんが目の当たりにしたであろう現実を、藤崎さんが「フィクション」として「ふたご」に昇華したことは、小説でしか語れない体験と感情がそこにあったからだと思う。その瑞々しい心の内が、主張しすぎることなく、文章に編み込まれている。

 

忘れてしまった悩み・感情

 「ふたご」がすごいと思うのは、10代の、中高生の頃に思い悩んだこと、だけどもう大人になって忘れてしまった悩みや感情を、そのまま心から取り出したように見せてくれることだ。

 たとえば月島は、高校中退や精神疾患で足踏みをしている現状が、世間的に「甘え」だと思われるであろうことを知っていて、苦悩する。その時の、夏子とのやりとり。

 「でもさ、俺は思うんだよ。努力出来る充実した人生と、ゴロゴロしながら今日も頑張れなかったって思う人生と、どっちか選びなさいって聞いたら、みんな充実した人生を選ぶでしょう」

 「そうだね」

 「人生上手くいってる奴らが、人生うまくいってない奴らに上から皮肉を言う言葉なんだって思う。甘えてる、って。だからって、俺の人生は甘えてないんだって言いたい訳じゃないけど」

 「分かってるよ」

 「今話したことは、甘えてるっていう言葉を使っている人たちへの非難じゃないんだ。俺にだってその気持ちは分かるし。ただ、思ったんだよ」

 「何を?」

 「頑張れた方がいいに決まってるじゃないかって」(p143)

 自分が良くやってるとは思えない。誰かを責めたいわけじゃない。でも、この胸の苦しみはなんだろう。10代の自分を振り返れば、あの時の悩みはそんな堂々巡りだった気がする。大人になれば「悩んでも仕方がない」の一言で終わらせてしまう感情に、真剣すぎるくらい向き合っていた。そのワンシーンが、「ふたご」では丁寧に丁寧に、切り取られて、言葉にされている。

 

名前のない場所

 物語は後半にかけて、月島が仲間とバンドを組み、夏子も巻き込みながら、もう一度人生に踏み出していく。ただ全然、予断を許さない。月島は本調子じゃないし、夏子の作詞作曲も、一筋縄では進まない。 

 

 夏子も、月島も、立っている場所に名前がない。夏子は月島に恋愛感情を持っている自覚があっても、彼女になりたいかと言われればそれは分からない。巻き込まれる形で参加したバンドに、本当に自分のやりたいことがあるかも分からない。

 月島は学校を辞めて、精神の限界の淵まで立って、そこから始めたバンドを失えば、あとは何が残るか分からない。何者でもないのに、失なうばかりのところにいる。

 

 そこから藤崎さんは、「救い」を示してくれる。それは必ずしもハッピーエンドとか大円団だとか、そういうものじゃなくて。名前のない場所が「居場所」になっていく可能性を、抑制の効いた語りで表してくれた、という感じだ。特に夏子にとって、その「救い」が何だったのかは、ぜひ本書を読んで見つけていただきたい。

 

 最後に、藤崎さんの「名前のない場所」への向き合い方が現れているように感じた、素敵なシーンを引用したい。月島がアメリカに旅立つ前、レストランでローストビーフサンドを食べた時、夏子の心の中だ。

 幸せとは、どんな感情のことを言うのだろう。私は考えていた。口の中に、玉ねぎの酸味の効いたソースの味が広がる。とりあえず、これは幸せの一つであることは間違いはない。

 いつものように言葉の意味を一緒に考えるゲームを始めようと思った。月島はどんな風に答えるのかを想像しながら、パンを頬張った。

 ねえ、幸せって、どんな言葉で表したらいいと思う?

 どんな感情のことを幸せと呼べるんだろうね?

 でもパンを飲み込んだ後も、私はローストビーフサンドイッチを手に持ったまま、聞くことが出来なかった。

 どうしても言葉が出て来ない。

 好きな人と美味しいものを食べている。それは幸せであるはずなのに、それだけのことが、涙が出てしまいそうな程、悲しかった。(p84)

 

 今回紹介した本は、こちらです。

ふたご

ふたご

 

 

 著者の人生を物語に練り上げたこと、そして人生を肯定してくれることで言えば、女優紗倉まなさんの「最低。」も肩を並べます。

www.dokushok.com

 

  心の奥にしまっていた気持ち。その埃を優しく払って、懐かしい思いにさせてくれる小説に、燃え殻さんの「ボクたちはみんな大人になれなかった」が挙げられます。「ふたご」を読んだ若い読者にも、背を伸ばして手にとってほしい一冊。

www.dokushok.com