読書熊録

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左右→上下ー読書感想「ポピュリズムとは何か」(水島治郎)

 右派・左派に分かれる従来型の代表制民主主義を、ポピュリズムは「下vs上」に変える。オランダ政治史や比較政治学が専門の水島治郎さん「ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か」は、世界や日本の「今」を見るための大切な視点を教えてくれた。トランプ氏はなぜ米大統領になれたのか?。なぜ衆院選で「希望の党」より「立憲民主党」が躍進したのか?。理解を進められる一冊だ。中公新書。2017年(第38回)石橋湛山賞受賞。

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ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

 

 

「下から」の運動

 本書を手に取る前まで、ポピュリズムとは「人気取り」だと漠然と思っていた。政策の中身ではなく、強烈なリーダーシップで有権者の熱狂を獲得し、強権的に突き進む。しかし、水島さんは冒頭で、リーダーの政治手法からポピュリズムを定義する方法とはまた別に、フランスの思想家ツヴェタン・トドロフ氏の指摘を紹介して「ポピュリズムは『下から』の運動だ」と説明する。

 彼によれば、ポピュリズムとは伝統的な右派や左派に分類できるものではなく、むしろ「下」に属する運動である。既成政党は右も左もひっくるめて「上」の存在であり、「上」のエリートたちを下から批判するのがポピュリズムだ、というのである。(p8)

 ポピュリズムは「下」にいる民衆が、右派も左派もひっくるめた「上=エリート」を批判する。この定義の仕方は、「人気取り」よりもしっくり腹落ちした。ポピュリズム政治家はなぜ人気を取れるのかといえば、それは「下」の側にいるからだ。非エリートとして、民衆と同じ目線に立ったとき、人気が獲得できる。

 

 裏を返すと、ポピュリズムは旧来の「右派・左派による政党政治」に対する有権者の不信感を土台にしている。水野さんは、ポピュリズムは民主主義を否定するものでは決してなく、「代表制そのものに対する反発」を体現したものだと指摘する。これも納得だ。だからこそ、ポピュリズムのリーダーは選挙を通じて誕生する。

置き去りにされた人々…ブレグジットとトランプ旋風

 では、ポピュリズムを支える「下」の民衆とは、「誰のこと」なのか。ここでEU離脱を国民投票で選択したイギリスの「置き去りにされた人々(left behind)」と、トランプ政権を誕生させた「錆び付いた地域(Rust Belt )」を取り上げて、共通点を導き出している。このつながりが見えたときの知的興奮は大きかった。

 

 イギリスの「置き去りにされた人々」は、かつてイギリスの大半を占めていたはずの白人労働者階級だという。50年前までのイギリスは、大学に行かず、肉体労働で生計を立てて、公営住宅に住むことが「普通」だった。人口の多くは同じ白人だった。

 しかし現在に至るまでに、市民の高学歴化は進み、移民の受け入れも進む。若くなればなるほど、コスモポリタン的な思想がメジャーになる。そして、政治家もそうしたメジャーな思想を「前提」にしていく。気付けば、かつては普通だった白人労働者を「代表する政治家が見あたらない」という状況が生まれた。

 その結果が、既成政党ではない「イギリス独立党」への支持だった。

 

 アメリカの「ラストベルト」もまた同様である。トランプ氏が「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」と語ったかつてのアメリカに生きた白人労働者は、いまや米国内で閉塞感を感じ、どんどん人口を増やす移民に「仕事を奪われている」と感じていた。

 主要メディアの大半がクリントン氏の勝利を予想したのは、イギリス同様、文化人的なスタンダードではトランプ氏は「あり得なかった」からだ。しかし、「ラストベルト」からすれば、最先端の都市のスタンダードこそが「かつての普通からかけ離れている」ということだろう。

 水島さんのこの一言が胸に残る。そして、この現象はまだ終わらないのかもしれない、と予感させる。

 イギリスとアメリカという、グローバル経済の先頭を走る二国において同様の反乱が起きたことは、偶然ではない。(p195)

なぜ立憲民主が躍進したか

 本書では、下から上への反乱というポピュリズムの性質に加えて、「なぜポピュリズム的な政治家は排外主義を掲げるのか」も喝破している。これもめちゃくちゃ面白いのでぜひ読んでみて欲しい。この感想では最後に、「上から下」の学びを元に、日本へ目を移して考えてみたいと思う。

 

 今回の衆院選で、ポピュリズム的な躍進を遂げそうだったのは「希望の党」だった。自公政権を「上」に見立てて、反自民の受け皿として序盤は圧倒的な存在感を発揮した。自民党と同じような安保観に、原発ゼロや消費税凍結を組み合わせた政策メニューも「左右ではなく上下」を体現したものだった。

 

 しかし、実際に躍進したのは「立憲民主党」だった。なぜか。ポピュリズムが「下から」の運動であることを視点に取ると、やはり「希望の党」の「排除の論理」が響いたのではないかと思えてくる。

 

 というのも、「排除」というのは「エリート」の特権だからだ。「下」は排除するのではなく、排除される存在。もちろん、白人労働者がさらに弱い立場の移民を叩くような排外主義はあるが、それは不満の発露としてであり、ある意味で「排除できるパワー(権力)がないからこそ、差別的な振る舞いになる」ということだと思う。

 そこで「排除された」立憲民主党が、がぜん「下」の性質を帯びてくる。結果として「希望の党」は、立憲民主の登場によって「下」から「一個上」に追いやられてしまったのではないか。

 

 立憲民主が他国のポピュリズム的な政党になるかは、ちょっと分からないと思う。全国的に支持を得たが、その運動の中心は「置き去りにされた人々」というより、「リベラルな若者」だった印象を受けた。日本ではむしろ「置き去りにされた人々」が、いまも最大与党である自民党を支持する面があるように感じる。「置き去りにされた人々」が自民党に本格的な失望をしたとき、そのときこそ日本のポピュリズムが巻き起こるときかもしれない。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

 

  

 ラストベルト出身のJ・D・ヴァンス氏が自らの言葉でその哀しみを描き出したノンフィクションが「ヒルビリー・エレジー」です。トランプ政権の勝利の根底に何があるのか、見えてくる一冊だと思います。

www.dokushok.com

 

  ポピュリズムを率いるリーダーが必ずしも「置き去りにされた」人々ではなく、むしろむちゃくちゃな富裕者だったりするのは面白いところです。トランプ大統領はまさにそうなんだけども、その横顔を知るためにワシントン・ポスト取材班の「トランプ TRUMP REVEALD」は秀逸です。

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