読書熊録

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トライブを生きるー読書感想「ミレニアル起業家の新モノづくり論」(仲暁子)

 1982年以降に生まれ、00年代で大人になった世代は「ミレニアル世代」と言われ、世界中に約20億人いるとされる。そのミレニアル世代の一人であり、ウォンテッドリー株式会社の最高経営責任者(CEO)、仲暁子さんが「ミレニアル世代を読み解く鍵」を語ってくれているのが、「ミレニアル起業家の新モノづくり論」だ。電光石火のテンポの語り口で、次々とキーワードを放つ。ミレニアル世代は小さな物語、「トライブ」を生きる。これからますます影響力を増す人口帯の理解に欠かせないエッセンスを学びとれるはずだ。光文社新書。

 

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ミレニアル起業家の 新モノづくり論 (光文社新書)

ミレニアル起業家の 新モノづくり論 (光文社新書)

 

 

大きな物語から小さなトライブへ

 「ミレニアル起業家の新モノづくり論」で最も頻出するキーワードが「トライブ」だ。日本語にして共同体。仲さんはそれを、旧来的な価値観が揺らぐなかに生まれた新しいアイデンティティと見る。

 近年は人種や国籍を超えて、共通の消費行動におけるトライブ化(共同体化)が起きている。たとえばビーガン(菜食主義)とか、バルサのファンだとか、フェアトレード推進とか、LGBTとか、エヴァ好きとか、そういうことだ。

 人々がアイデンティティの拠り所としてそういうものを選ばないといけないぐらい、国家とか家族とか地域のつながりが分解されてきている。だからこそ、特に多民族国家のアメリカでは、アイデンティティの輪郭を鮮明にするための個々のストーリーテリング能力が高い。(p44)

 国家、さらに家族や地域といった「大きな物語」の崩壊に伴って、アイデンティティ、自分が自分であることを規定するための根拠が曖昧になっている。トライブは、消費行動、価値観によって、自ら「自分であることを語り直すこと」と言ってもいい。

 

 トライブは、インターネット、またはSNSや3Dプリンタなどによる「一億総生産者時代」の到来に伴って、「大量生産大量消費」、その根本にあるスペック(商品価値)からの脱却という文脈でも語られる。

 かつての供給が需要に追いつかなかった時代は過ぎ去り、度重なる技術革新で生産性が大きく向上した結果、もはや供給が需要を上回っている。だからミレニアル世代はスペックを消費しない。では何を消費するのか? 思想を、ストーリーを、Whyを消費する。(p118)

 

 また、トライブと対局にある「ラベル」の概念を知ると、トライブのなんたるかが鮮明になる。

 どの「帰属意識」も最初は誰か1人の「感情」や「思想」、つまり「快適なパターン」から生まれ、そこに共感する人たちが集まってできるのが「トライブ」だ。しかしそれが長年運用されていくうちに参入障壁を設ける動きが出てきて、独り歩きしていき、やがてステータスとなり、ついにそれを守るのがゴールになってしまって、そもそも何のためにそのトライブができたのかが分からなくなってしまう。型だけが残り、その魂が抜けてしまったものをラベルと呼ぼう。(p91-91)

 トライブの思想、考え方の魂がなくなり、外見のステータスが残った状態が「ラベル」だ。仲さんにとっては、トライブを生きるのかとラベルに固執するのかは、ミレニアル世代とそうでない世代の分岐になる。ミレニアル世代の特徴は、ラベルにこだわらず、自分だけのトライブ、自分だけのストーリーを追い求める。

 

認識の時空を広げよう

 本書のテーマはこのトライブをいかに自分でつくっていくか、にある。仲さんは端的に「美学を磨く」と本質を表現し、「認識の時空を広げる」という方法論を示す。

 

 認識の時間軸を広げるとは、「過去から未来へ」思考を広げることだという。最たる方法は読書で、過去のファクトに目をやれるし、それは未来への視座になる。

 空間を広げるとは、旅をすることであり、体験をすることだ。例として、物理的に高度を上げる経験、自家用機に乗った経験を上げている。飛行機そのものへの関心や、空域への関心が広がったという。

 縦横、認識の軸を広げる総合的なメリットを、仲さんはこんな風に表現する。

 認識の時空を広げるというのは、「絶対なんてない」ということを感覚的に理解することも助けてくれる。自分が何を心地いいと感じて何を不快と感じるかということを把握すると同時に、世の中は多様性に溢れ、自分の意見なんて特定の立ち位置から見た1つの意見に過ぎないし、一個人がいかにちっぽけで取るに足らない存在なのかも自覚できる。(p80)

 「絶対なんてない」からこそ、多様性のなかから自分の意見を選び取ることが大切になる。そう、選び取ったその道が、あなただけのトライブになる。

 

陳腐化しないアンラーニング

 仲さんの語り方にも学びがある。あまりにスピードが速いのだ。短い文章の中に、ビジネスの話があるかと思えば行動経済学の話、遺伝子の話も入ってくる。思考があちこちに行って、とどまることを知らない。

 

 それは、現在の市場環境に触れているからだと思う。去年まではやっていた商品やサービスが、あっという間に「古く」なる。最近であればZOZOSUITとかCASHとか、スタートアップがいきなり革命的な手法で、既存のビジネスを脅威にさらしてくる。

 

 仲さんはだからこそ、「アンラーニング」の重要性を指摘する。アンラーニングとは、何か。

 海外に行く度に「日本は保守的だし挑戦的精神がないから起業家にはつらい環境だね」などと、全く思ってもないことについて一方的に同情を受ける。笑ってしまう。そういう論調に洗脳されて、被害妄想が少しでも首をもたげ始めたら終わりだ。メディアが増幅するようなステレオタイプは、デトックスし続けるに限る。あえて無視する、忘れる、「アンラーニングする」ということだ。

 アンラーニングとは、これまで常識だと刷り込まれて疑わないもの、学習してしまったことを、逆に捨てていくということだ。(p242)

 アンラーニングは、刷り込まれたものをデトックスすること。変化するために、適応するために、そして学ぶためにあえて「知的に捨てる」ことだ。

 

 商品やサービスが陳腐化すれば買い換えるだけだが、常識が陳腐化してもそれに固執してしまうのはままあること。だから、自分自身が陳腐化しないためにアンラーニングが必要になる。洗脳されて被害妄想を持ってしまっては、自分なりのトライブを生きられないからだ。

 

 だから、トライブは身軽と言い換えても良い。小さな物語を見つける。知見を広げながら、ちっぽけな自己を省みる。そしてアンラーニングし、自分を刷新する。そう考えると、なんだか気軽で、なんだか生きやすそうだ。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

ミレニアル起業家の 新モノづくり論 (光文社新書)

ミレニアル起業家の 新モノづくり論 (光文社新書)

 

 

 

 この人もミレニアル世代になるのかな。現代の魔法使い、落合陽一さん(1987年生まれ)。落合さんの生き方も軽やかでエッジが効いていますが、「超AI時代の生存戦略」でエッセンスに触れられます。 

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