読書熊録

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「みんな」の呪縛ー読書感想「かがみの孤城」(辻村深月)

 思春期の心のひだをここまで言葉にできるなんて、辻村深月さんはすごい。長編「かがみの孤城」を読んで、思わず舌を巻く。それぞれの理由で学校に通えない7人の中学生。ある日、閉じこもった部屋に置かれた鏡の「向こう」に招かれると、そこには美しく静かな孤城が待っていた。狼の面を被った少女は「来春までに、秘密の部屋に通じる鍵を見つければ、願いを叶える」と持ちかける。「普通」から外れ、「みんな」に入り込めない少年少女は、一体何を願うのか。そして何を得るのか。ポプラ社。2018年本屋大賞ノミネート作品。

 

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かがみの孤城

かがみの孤城

 

 

あの頃はこんなんだったなあ

 と、思わず思ってしまう。「かがみの孤城」を読み進めるうちに、眼前に浮かぶのは、自分が中学生の時に持っていた心だと思う。過剰な自意識。自分を理解してほしいと願う一方で、相手の言葉は素直に受け取れない。アラサーになってしまうと、それはもどかしいくらいに、登場人物の振る舞いは「あの頃」そのままだ。

 

 たとえば孤城に招かれたその日。主人公の1人、こころは「自分の部屋」としてあてがわれた部屋にうっとりとした後、再び広間に戻る。すると誰もいない。ぽつんと残された狼面の少女「オオカミさま」に尋ねると、各自バラバラに、自宅へ帰ったという。そこでこころは、こう思う。

 答えを聞いて、仲間はずれにされていたわけじゃないとわかって、ほっとする。だけど、みんなでまた集合したっていいのに各自バラバラになるなんて、ずいぶん自由な人たちだ。

 そのみんなの自由さを真似しなきゃいけない気がして、こころも、元通り、自分の家に戻ることにする。本当は、どうせ家に帰ったってすることはないし、すぐに鍵を探してもいいと思ったけど、"願いの鍵"に、がっついているように見えるのは嫌だった。だって、みんな、どの程度本気かわからないのに。(p66)

 本当は家に帰りたくないけど、「がっついているように見えるのは嫌」だから、「みんな」に合わせる。わかるなあ。いや正確には、今ではわからないけど、わかる。周りにどう見えるのか。「普通」から良くも悪くも、はみ出たくない。中学生の時は過剰なほど「見え方」を気にしていた。

 

 こころを含めた7人が学校に行かない・行けない理由はそれぞれだ。厳密にいえば、目の前の学校には通えているけど、本当の意味で通えていない子もいる。いじめというか、「いじり」が嫌な子も。ある子は「自分の意思で通っていない」と言う。

 ただ、どこか共通するのは、自分の心と「見え方」との乖離だ。あるいは、心に素直になれない。それを表現すれば、誰かが助けてくれるかも知れない。でも、伝えられない、語れない。

 

 本書のテーマは一言で言ってしまえば「不登校」かもしれない。でも、辻村さんはそれを現象ではなく、各員の心の動きと、現実との「ずれ」として巧みに描き出す。だから、ヒリヒリとするリアリティがある。

 

「みんな」はここでも付きまとう

 それぞれが現実から、普通から「ずれている」。そんな子が7人、現実離れした孤城に集まったら。そこはユートピアだろうか。そうもいかないから、物語はほろ苦い。

 

 ウレシノという少年がいる。ぽちゃっとしたウレシノは、一方で恋愛体質でもある。こころも含め、アキ(ちょっとお姉さん)とフウカ(クールでズバズバと物を言う)の女子陣3人を順番に好きになってしまう。

 一同は何の気なしに、ウレシノをからかう。からかうと行かないまでも、呆れるというか。それがウレシノにとっては、実は重大だった。ある日、ウレシノが「爆発」する。

 「だって、みんなバカにしてるじゃないか、僕のこと。いっつもそうだよ。いつもそうなんだよ、なんでかわかんないけど、みんな、僕のことは軽く見ていいと思ってるんだよ。自分たちの恋愛は隠して、裏でうまくやっていつの間にか両思いになったりしてても、僕の恋愛は、僕だからって理由だけさらして、からかっていいと思っている。誰も本気にしないし、他のことだってそうだよ! みんな、僕なら何してもいいと思ってるんだ」(p178)

 

 ウレシノの吐き出した憤りの中に、何度も何度も「みんな」という言葉が出てくるのが、胸に刺さった。鏡の外で、学校で、ウレシノを傷つけてきた「みんな」。互いに痛みを抱えている同士のはずなのに、孤城の7人の中にも「みんな」が出現していた。

 

 「みんな」はここでも付きまとう。「みんな」の存在が、そこからずれた自分を顕在化する無言の基準が、キリキリと心を締め付ける。呪縛のように。

 

 7人が孤城で心を癒し、再び学校に通うようになるなら話は早い。でも「かがみの孤城」は一層、現実的だ。どこにいっても「自分」と「みんな」があって、うまく関係を結べない。そこから、何を得るか、学ぶか、あるいは動けないのか。

 

 一方で、本書は骨太なミステリーでもある。かがみの孤城は、なぜ7人を招いたのか。願いを叶える鍵はどこにあるのか。そして、城とオオカミさまの正体は。

 

 紋切りではなく、本当の意味で、大人から子どもまで楽しめると思う。「学校」というものに悩む子どもや、悩んでいた大人には、特に。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

かがみの孤城

かがみの孤城

 

 

 子どもの頃の感覚、悩みを見事に物語に昇華してくださった作品といえば、住野よるさんの「よるのばけもの」が思い浮かびます。こちらのテーマは「いじめ」。孤城の代わりに登場するのは、夜になるたびに街に現れる「ばけもの」です。

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 ノンフィクションを通じて、「普通」と「自分」のずれを見直す一助になるのが、レジリエンスという考え方です。自ら最愛の夫を亡くした当事者の、シェリル・サンドバーグさんの「OPTION B」は格好の教科書になると思います。

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