読書熊録

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トランプ氏はピッコロかもしれないー読書感想「炎と怒り」(マイケル・ウォルフ)

 もっとも衝撃的だったのは、まだ彼が「第1章」かもしれないということだ。本人から出版差し止めも示唆され、ベストセラーとなった「炎と怒り トランプ政権の内幕」。トランプ氏とはどんな人物か、だけではなく、一体誰が彼を支え、あるいは利用しようとしているのかを解き明かす。 そのドタバタっぷりに、トランプ大統領は任期半ばで倒れるかもとすら思えてしまう。しかし、それは「終わり」ではなさそうだ。

 

 早川書房の緊急出版。訳者は関根光宏さん、藤田美菜子さん、柴田さとみさん、山田美明さん、山田美明さん、山田文さん、中村有以さん、五十嵐加奈子さん、長尾莉紗さん、江戸伸禎さん、井上大剛さん、米津篤八さん、青砥直子さん。翻訳協力は黒河杏奈さん、株式会社リベルさん。迅速な出版のためにこれだけの方が翻訳にタッグを組んだことにただただ頭が下がります。f:id:dokushok:20180303140701j:image

 

 

炎と怒り――トランプ政権の内幕

炎と怒り――トランプ政権の内幕

  • 作者: マイケルウォルフ,Michael Wolff,池上彰,関根光宏,藤田美菜子
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/02/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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トランプとは何者か?トランプである

 トランプ大統領が怒るのも無理はないほど、本書にはすさまじい悪口と受け取れる言葉が溢れている。それが著者のジャーナリストのマイケル・ウォルフ氏の言葉ではなく、政権の周辺者から漏れてくるから、仕方がないと言えば仕方がない。

 

 たとえば、経済担当の大統領補佐官という「側近」に加入したゲイリー・コーン氏の見解とされる、ある電子メール。当初は十数人に送られていたが、転送に転送を重ねて拡散したらしい。

(中略)トランプはたった一枚のメモも、短い政策文書も、何一つ読もうとしない。世界各国の首脳との会談でも、退屈だからといって途中で席を立つ。部下も同じようなものだ。クシュナーは赤ん坊が地位を与えられたようなもので、何一つ知らない。バノンは傲慢なひどい男で、それほどでもないのに頭がいいとうぬぼれている。トランプにいたっては、もはや人間というより、不愉快な性格の寄せ集めだ。(p300)

 「人間というより、不愉快な性格の寄せ集めだ」。友達に言われても笑い飛ばせないくらい、激烈な批判。トランプ氏にちょっと同情したくなるレベルだ。しかも、娘婿クシュナー氏が「赤ん坊」、ブレーンだった(現在は辞任)バノン氏は「ひどい男」と形容する文脈で、トランプ氏は「人間ではない」と言われている。

 

 その最側近、バノン氏のトランプ評が、本書を通読して得たトランプ像を的確に表現しているように感じる。

 「ドナルド・トランプはわかってる。彼はトランプだが、彼なりに理解している。トランプはトランプなんだ」(p27)

 トランプとは何者か?その答えは、「トランプはトランプである」に集約する。

 

 たとえば就任演説で、トランプ大統領は「100万人の聴衆がいた」と語った。これはどんなに控えめに言っても「盛っていた」。だがトランプ大統領は、閑散とした会場を伝えたメディアだけではなく、100万人であることを伝えられなかった身内の報道担当者すら批判した。「トランプに何を進言するのも自由だが、彼にとっては自分が知っていることだけが事実だ」(p90)ったのだ。これが、その後も繰り返す彼の伝家の宝刀、「フェイクニュース」の原点になる。

 

 リーダーになれば、リーダーらしく振る舞おうとするのは人の心だ。誰かを理想として、まねて、周囲から「かけ離れているぞ」と批判されれば修正する。それは「自分はこうありたい」と思うからだ。

 しかしトランプ氏は、トランプ氏なのだ。「トランプでありたい」というのが目標であり、かつ現状だ。だから自分が100万人に耳を傾ける怪傑だと自覚すれば、その通りになる。その一心で突破する、批判をなぎ倒すのが、彼の本質なんだと感じた。

 

バノンと「ジャーヴァンカ」の綱引き

 列車のように誰にも止められないトランプ氏を、有能が政治家が支えているものだと思っていた。トランプ大統領を踊らせて、米国第一主義的な政策を実現する。そういう策士がいると信じていた。

 しかし「炎と怒り」を読むと、周辺者もまた有象無象であった。

 

 政権には大きく二つの勢力がいたようだ。一人は、「影の大統領」としてニュースでも登場していた、右派メディア代表で主席戦略官、スティーヴ・バノン氏

 もう一方は娘のイヴァンカ・トランプ氏と、その夫ジャレッド・クシュナー氏だ。この二人は合わせて「ジャーヴァンカ」と呼ばれているそうだ。

 

 トランプ政権は、バノン派とジャーヴァンカ派が綱引きをして、互いの勢力になる人事登用を画策する。そして互いの発案の政策を実現してきた。

 

 面白いのは、その一環で互いが互いの有利になるような「リーク」を行っていたとみられることだ。トランプ政権になって、どうしてこんなにトランプ氏が悪く見えるような発言が漏れ聞こえるのかと思っていたが、そこには両者のつばぜり合いが背景にあった。例えばロシア疑惑は、ビジネスを通じてオリガルヒ(ロシアの資本家)と関わりのあるクシュナー氏に不利という事情があった。

 

 両者が一致団結せず競い合っているのも驚きだったが、そこでのトランプ氏の姿勢もまたユニークだった。ウォルフ氏はオバマケアを巡る章でこんな風に書く。

 このあとも同じことが繰り返されるわけだが、ホワイトハウスは結局、政治的な立場によって分断された。基本的には絶対主義的な立場をとるバノン、ライアンと連携して共和党指導部を指示するプリーバス、穏健な民主党の考え方を指示し、それに矛盾を感じないクシュナーという構図だ。トランプはといえば、とくに関心のないものからとにかく逃れようとした。(p270)

 バノン派にもジャーヴァンカ派にも、政治的主張がある一方で、トランプ氏は「とくに関心がないものからとにかく逃れようとした」。やっぱりトランプとはトランプなんだと感じる。

 

トランプとトランピズム

 ウォルフ氏は、トランプと「トランピズム」という言葉を使い分けていると思う。トランプ大統領という人物と、それを生み出した潮流の違いだ。

 

 炎と怒りは原題も「FIRE AND FURY」。これは、北朝鮮の挑発に対して「世界が見たことのない炎と怒りに直面するだろう」という発言から取られている。解説の池上彰さんは、この表現は「旧約聖書」の「イザヤ書」の一節を念頭に置いていると指摘する。

 一方で本書を読むと、ダブルミーニングな気もしてくる。怒りとは、共和党にも民主党にも「置き去りにされた」と感じている有権者の気持ち。その怒りが燃え上がった炎が、トランプ大統領であると。

 

 政権を支えていたバノン氏は去り、現在はジャーヴァンカによる「家族政権」ぶりが強まった。しかし、バノン氏は不敵に笑うのである。自分が押し上げていたと自負していたトランプ氏を「もうぼろぼろで、続かない」と切って捨てる。一方で、こんな風に見ていると、ウォルフ氏は伝える。

 バノンの見解では、トランプはトランプ革命の一章、あるいは回り道にすぎなかった。トランプ革命はずっと、二つの大政党が抱える弱点と結びついた動きだった。トランプ政権は、たとえどれほど長く持ちこたえたとしても、真のアウトサイダーたちにチャンスを提供するきっかけを開いただけだ。トランプは始まりにすぎないのだ。(p484)

 自分も、トランプ大統領がもし政権を失えば、その後は「普通の大統領」が戻ってくるものかと思っていた。しかし、バノン氏の見方は違う。トランプはあくまで「炎」であって、それを燃え上がらせた「怒り」は消えない。また別の、場合によってはもっと過激な「炎」をたきつけるだろう。

 

 ドラゴンボールでは、明らかにピッコロが「最後にして最強の敵」だった。しかし完結まで待って読み返してみれば、最後の魔神ブウに比べるとずいぶん弱かったのがピッコロだった。同じようになるのかもしれない。未来の人類が見返せば、トランプ氏はまだ可愛いものなのかもしれない。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

炎と怒り――トランプ政権の内幕

炎と怒り――トランプ政権の内幕

  • 作者: マイケルウォルフ,Michael Wolff,池上彰,関根光宏,藤田美菜子
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/02/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 トランプ氏を躍進させた「炎」の正体をつかみたければ、「ヒルビリー・エレジー」がいい教科書になると思います。米社会を覆っている絶望感とは、どんなものなのか、当事者が語ってくれます。

www.dokushok.com

 

 オバマ政権がどうだったかを頭に置くと、「炎と怒り」をさらに楽しめるかと思います。そのエッセンスと、行動経済学についても学べる一挙両得のノンフィクションが「シンプルな政府」です。著者のキャス・サンスティーンさんは、オバマ政権で規制緩和の担当をされた方。

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