ままならない人生だけどー読書感想「キラキラ共和国」(小川糸)
「そりゃ、生きていくってことは、大変よ。ままならないことばっかりなんだもの」。小川糸さんの「キラキラ共和国」は、あっけらかんとしたメッセージに溢れている。鎌倉にある「ツバキ文具店」は、手紙を代わりに書いてくれる「代書屋」でもある。シリーズ作(続編)だけれど、本書からでも十分に物語に入っていける。そして、ほっこりと心を温めてくれる。幻冬社。2018年本屋大賞ノミネート作品。
みんな、ままなりません
シリーズ作とあって、なかなか唐突に物語は始まる。前作の「ツバキ文具店」が未読な人は面食らうかもしれない。たまたまNHKのドラマ化したやつを軽く見ていたので、助かった。
最小限の予備知識としては、舞台は鎌倉であること。江ノ電がある、あの鎌倉。主人公・鳩子は、代書屋もしてくれる「ツバキ文具店」を、祖母である「先代」から継いだ(鳩子の父母は色々あっていない模様)。NHKでは多部未華子さんが演じていて、それを見ちゃうと完全に鳩子は多部未華子さんになる。たしかドラマでは、鳩子はなんやかんや人生に挫折をして、ツバキ文具店に戻ってきて、ちょっと変わったご近所さんとのふれあいを重ねていた。
そして「キラキラ共和国」は、鳩子が「ミツローさん」という男性と結婚するところから始まる。「QPちゃん」という娘もいる。ミツローさんが鎌倉でカフェを営んでいることや、なぜ1人親になったかは、徐々に明らかになるので安心してほしい。
ここまで書いてみても、「キラキラ共和国」の登場人物は、ちょっとクセのある人ばかりだ。誰もが、ちょっと人生に迷って、ままならない。それがいい。冒頭の言葉を語ったのも、シングルマザーである、ミツローさんの姉さんだった。鳩子とミツローの間に、子どもはどうするの?という会話
「いえ、そういうわけではないんですけど。今は、QPちゃんだけのおかあさんでいたい、っていうか。子どもをふたりも育てる自信がないし、経済的にもどうかな、って」
私まで、しどろもどろになってしまう。
「そんなこと言ってると、私みたいにすぐ産めなくなっちゃうんだからー」
お姉さんは笑いながら言った。そのことは、本当に考えなくてはいけない課題だった。でも、子どもが宿題を一日延ばしにするみたいに、私もなんだかんだと理由をつけて真正面から向き合うのを避けている。
「大変ですねえ」
おどけた調子で私が言うと、
「そりゃ、生きていくっていうことは、大変よ。ままならないことばっかりなんだもの」
お姉さんはそう言って、残りのコーヒーをきゅーっと一気に飲み干した。(p121)
ままならいことに、深刻にならなくってもいい。コーヒーをきゅーっと飲み干しながらさらっと言ってくれるお姉さんに、なんだかホッとした。
食べる。悲しくても、嬉しくても
小川さんの描く食べ物がいい。匂いや空気、色彩が眼に浮かぶ。そして悲しい時、間違った時、嬉しい時。どんな時も、食べるっていいよな、と思わせてくれる。
春を前にした今は、ヨモギ団子を作るこんなシーンが素敵に感じる。
土鍋であずきを炊きながら、隣のコンロでヨモギを湯がく。みるみるお湯が、深い緑色になった。春を凝縮したかのような、爽やかな香りが膨らむ。森の中にいるみたいだ。
ときおり、開け放った窓から、柔らかな風が舞い込んだ。裏山では、のどかにウグイスが鳴いている。まだ美声にはほど遠いものの、きっと夏を迎える頃には、うまく鳴けるようになっているに違いない。(p55−56)
緑色、爽やかな香り、窓から入ってくる柔らかな風。いいなあ。
収録の4作品のタイトルは最初がこの「ヨモギ団子」で、その後も「イタリアンジェラート」「むかごご飯」「蕗味噌」と続く。季節も夏から秋、冬へ移ろう。どの食べ物もどの季節も、味わい深かった。
今回紹介した本は、こちらです。
日常の中に何かを見出す。その作法というか、視点の持ち方を教えてくれるエッセイが「あるノルウェーの大工の日記」です。タイトル通り、ノルウェーの大工オーレ・トシュテンセンさんの日記です。
人生を前向きに歩くパワーをくれるのが、小説のすごさだと思います。「ザーッと降って、からりと晴れて」はまさに、そんな優しいポジティブさに満ち溢れた作品でした。