読書熊録

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ベゾス帝国を読み解くー読書感想「アマゾンが描く2022年の世界」(田中道昭)

 拡大を続けるAmazon(アマゾン)がこれからどんなビジネスを展開するのか。その根幹にある戦略と、リーダーのジェフ・ベゾス氏の思想を読み解くのが、本書「アマゾンが描く2022年の世界 すべての業界を震撼させる『ベゾスの大戦略』」だ。

 

 極上の顧客体験「ユーザー・エクスペリエンス」を追求し、獲得したビッグデータを基に超マーケティング「0.1人セグメンテーション」を実現。遠大な「超長期思想」を掲げつつ、高速なPDCAを回す。新たな概念のオンパレードで、頭を刺激されっぱなしだった。そして、そんなアマゾンに対抗する手はあるのか?まで話題は及ぶ。筆者は立教大学ビジネススクール教授の田中道昭さん。PHPビジネス新書。

 

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いまの自分に「0.1人セグメンテーション」

 本書で出会った最も衝撃のビジネスモデルが「0.1人セグメンテーション」だった。それは究極のマーケティング。「1人セグメンテーション」が自分の体型や好みにあった商品なら、0.1人セグメンテーションは「いま」の気分、心情、状況にまで完璧にフィットするマーケティングだという。

 

 田中さんは冒頭、2022年11月の近未来のアマゾンを描写する。そこで描かれる0.1人セグメンテーションはこうなる。

 「アレクサ、今の僕の心境に最も合った音楽をかけて!」という佐藤さんの声をアマゾン・グラス(注:近く実現するであろうアマゾンのスマートグラス)は聞き逃しません。佐藤さんがアマゾン・グラスでいつも聴いている音楽は、アマゾンが「ビッグデータ×AI」で佐藤さんのためだけに作曲した合成音楽なのです。(中略)

 先月はアマゾンで自分専用のTシャツとズボンを買いました。友達3人と高尾山にハイキングに行く前に、「アレクサ、僕に似合うスタイルとカラーでTシャツとズボンをリコメンドして!」と話しかけ、リコメンドされたもののなかから選んだのです。実家の母親も、今月のクラス会に着ていく服は、「アレクサと相談して決めたの」と言っていました。(p4−5)

 

 本来、好きな音楽も似合う服も、自ら選ぶ必要があった。アマゾンはそれを、AIへの呼びかけ一つで最適なものを提案するレベルまで簡略化するだろうと、田中さんは読む。

 

 これは、ベゾス氏が掲げる3つのバリュー「顧客第一主義」「超長期思想」「イノベーションへの情熱」のうち、「顧客第一主義」を突き詰めた結果だという。顧客第一主義をベゾスは具体的に「ユーザー・エクスペリエンス」に落とし込む。

 顧客が望むものは、いい商品ではない。好きな音楽や、似合う服だけではない。それをスムーズに、心地よく手に入れて、気持ちよく使える「体験」を望んでいる。

 だからアマゾンはボタン一つで日用品が買える「ダッシュボタン」を開発した。スマートスピーカーも、スマホを使う手間を省いたさらなる体験を提供しようという狙いがある。このアマゾンの方針はますます強固になるというのが田中さんの見立てだ。

 

超長期思想ーカニバリゼーションを恐れない

 ベゾス氏の「超長期思想」も目をみはる。知らなかったのだが、ベゾス氏は子どもの頃から宇宙が好きで、2000年には宇宙旅行を格安で提供することを目指す「ブルー・オリジン」という会社を立ち上げているそうだ。その思い入れはめちゃくちゃ強い。こんな風に語っているそうだ。

 「自分はアマゾンという大きな宝くじを当てた。その資金を宇宙事業につぎ込んでいる。そのためにアマゾンをやっていると言っていいくらいだ」(p283)

 この超大企業を「宝くじ」「宇宙事業のためにやってる」と言ってのけるぐらい、ベゾス氏の夢の大きさは規格外。目の前の成功や大金ではまだ満足できないんだろう。

 

 そんな「果てない夢」を起点に「今なにすべきか」を考えるのが、「超長期思想」だ。面白いなあと思ったのが、それが「カニバリゼーションを恐れない」という戦闘方針につながることだ。

 

 カニバリゼーションとは、新規事業が既存事業を食ってしまうこと。アマゾンにとっては、Kindleがそうだった。EC企業としてスタートしたアマゾンがまず制覇したのは書店通販であり、電子書籍はまさに、食い合う関係にあった。

 

 しかし、ベゾス氏はKindleの開発に書籍部門の幹部を引っ張り込み、こう鼓舞したと言われている。

「君の仕事は、いままでしてきた事業をぶちのめすことだ。物理的な本を売る人間、全員から職を奪うくらいのつもりで取り組んでほしい」(p54)

 結果的に、Kindleは電子書籍市場を攻略した。ベゾス氏がカニバリゼーションを恐れないのは、そんな目先がゴールではないからだろう。彼は宇宙に行きたい。気軽に行けるような社会にしたい。そのためにいま、破壊的なイノベーションを自ら繰り出すことすら厭わない。

 

光明は「尖る」

 田中さんは孫子の兵法をベースに、ビジネスを「天地道将法」の5要素で分析する「5ファクターメソッド」を当てはめる。さらに、アマゾンに対抗する中国のメガテック企業「アリババ」との違いも描き出す。この辺りも読みどころだ。

 

 そして最後半には、「帝国」と呼んで過言でないアマゾンに、日本企業をはじめほかの企業は打つ手があるのか、を考察する。

 

 キーワードは「尖る」。アマゾンの0.1人セグメンテーションは、リアルタイムのその人にマーケティングするものの、マーケティングするもの自体は「広く受け入れられる商品」である。万人受けしなくても、一部の人に刺さる商品やコンテンツをアマゾンが生み出しているかといえば、そうではない。

 アマゾンの消費者のなかでアマゾンと自分自身がフラットな関係性で対話までできていると考える向きは多くはないのではないでしょうか。さらに少なくとも現時点においては、アマゾンは消費者同士が直接つながり合って対話するという仕組みにはなっていません。顧客とフラットなカスタマーリレーションシップを結び、顧客と対話まで行っていくこと。ここに日本企業の勝利の秘訣があるのではないかと思います。(p291)

 

 顧客と対話し、細かなニーズに対応した顧客体験を提供する。そこからコミュニティをつくりあげ、アマゾンでは「代替不可能」なカスタマー・エクスペリエンスを目指す。光明はある、と田中さんは説いている。 

 思いつく限り、たとえばユニークな家電と世界観がある「バルミューダ」や、独自の経済圏をつくっている「メルカリ」なんかが「尖っている」ケースだろうか。どうすればジャイアント・キリングを起こせるか、考えるのも面白い。

 

 

 今回紹介した本は、こちらです。

 

 

 インターネットと現実を融合していくメガテック企業は、もはや生活に欠かせないけれど、はたして負の側面はないんだろうか。功罪の罪に果敢に切り込むノンフィクションが「インターネットは自由を奪う」でした。合わせて読むと面白いかもです。

www.dokushok.com

 

 0.1人セグメンテーションを支えるのはやっぱりAI。ディープラーニングとか、シンギュラリティとか、基本的な概念をわかりやすく学ぶには、将棋や囲碁の電脳戦をテーマにした「人工知能はどのようにして『名人』を超えたのか」がおすすめです。

www.dokushok.com