読書熊録

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トランプを生んだ熱病ー読書感想「反知性主義」(森本あんり)

 なぜトランプ大統領は誕生したのか。考える補助線の一つになる本が「反知性主義 アメリカが生んだ『熱病』の正体」だ。トランプ現象の源流になった「反知性主義」とは、キリスト教文化を背景にしている。徹底した「神の前の平等」という、平等主義のラディカリズムである。また、反知性主義は「最強のビジネスモデル」でもある。

 

 著者は神学者の森本あんりさん。18世紀から脈々と続く反知性主義を、ユニークなキャラクターを軸にしながら紐解いてくださる。反知性主義、キリスト教と聞いてすぐに興味を持つ人は少ないかもしれないが、本書を読み進める中で感じるアカデミックな刺激は格別だと思う。新潮選書。

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反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

 

 

人は「神の前では」平等である

 本書で特に面白いと思ったのは、「平等のラディカリズム」。それは素朴な疑問を出発点にする。世界はこんなにも格差に溢れ、貧困がはびこり、不平等でしかないのに、なぜ「万人が平等である」という思想が存在するのだろう?

 

 森本さんは、万人の平等には「神の前に」という枕詞が付くことを指摘する。平等は、あくまで宗教上の平等なのだ。だから聖書でユダヤ人もギリシャ人も、奴隷も自由人も、男も女もないと語ったパウロも、教会で女性が指導者になることに反対し、奴隷制を容認した。宗教上平等であれば、経済的にも社会的にも、平等でないことがありうる。

 

 キリスト教大国のアメリカが同時に資本主義大国であることは、これで説明がつく。経済的にはヒラリー・クリントン氏と遜色ないくらい恵まれているはずのトランプ氏が、民衆のヒーローになることにも何の矛盾もない。

 

 宗教上の平等の徹底は、人間の本質としての平等へ言い換えが限りなく可能になる。神の道に背かないこと、道徳的に正しいことは、「誰もが」判断できるという前提だ。だからこそ、「権威」に懐疑的になる。そして「権威」をかさにきやすい「知性」への反発が生まれる。森本さんは端的に語る。

 ここからもわかるように、反知性主義は単なる知性への軽蔑と同義ではない。それは権威と結びつくことに対する反発であり、何事も自分自身で判断し直すことを求める態度である。そのためには、自分の知性を磨き、論理や構造を導く力を高め、そして何よりも、精神の胆力を鍛えあげなければならない。この世で一般的に「権威」とされるものに、たとえ一人でも相対して立つ、という覚悟が必要だからである。だからこそ反知性主義は、宗教的な確信を背景にして育つのである。(p177)

 反知性主義とは、権威に結びついた安易なる知性への反発だ。それは単なるインテリ批判ではない。むしろ自らの頭で考え、心で判断し、一人の人間として自立する姿勢である。その根底には宗教的確信がある。神の前では誰もが平等である、という平等のラディカリズムがある。

 

トランプの相似形だったジャクソン大統領

 森本さんが「熱病」と表現するように、反知性主義はインフルエンザが度々猛威を振るうように、何度も繰り返されてきた。知的刺激を受けたのは、トランプ大統領の相似形と言える人物が過去にいたこと。それが、ジャクソン大統領だ。

 

 1828年に行われたジャクソン対アダムズの大統領選は、トランプ対ヒラリーとなかなか似ている。今日と変わらないネガティブキャンペーンが盛んだったそうだ。ジャクソンは田舎者、綴りも書けない無学者と揶揄された。一方ジャクソン陣営はアダムズを父親の世襲で贅沢三昧だと批判した。

 

 選挙戦を制したジャクソン大統領は、就任当時61歳。13歳の時に独立戦争でイギリスの捕虜になった経験があり、肉親を失った。復帰後は綿花栽培などで100人以上の奴隷を所有する資産家になった。荒くれぶりと経営者の二つの顔を持つ点も、トランプ大統領と重なる。

 

 ジャクソンが導入した制度に、政権交代に伴い官僚を入れ替える「スポイルズシステム」がある。官僚の権力を固定化しない試みは、民衆と共にあろうとする姿勢の現れだった。サウスカロライナ州の独立機運を押さえ込んだり、財政均衡を維持したり、功績は大きいと森本さんは見るが、重大な留保もする。

 ただし、ひとこと付言しておくと、彼の見た「アメリカ人民」には、黒人や先住民や女性は含まれていない。ジャクソンは、先住民の強制移住を進めたが、必要な場合には容赦なく駆逐し殺戮する手段をとった。(中略)チェロキー族は、強制移住により一八三八年の冬にオクラホマまで移住を強いられて四千人を喪ったため、その道程は「涙の道」と呼ばれている。(p165−166)

 

 ジャクソンは権威的な知性=アダムズを打ち破り、民衆のための政治を展開した。しかし「民衆」にはアメリカ先住民をはじめ、マイノリティは含まれていなかった。強権的な移民対策を進め、名実ともに「壁」を建てようとする現在の大統領に、この点も重なってしまう。

 

反知性主義は最強のビジネスモデル

 森本さんの語りの中にはジャクソンのほかにも、反知性主義の口火を切ったともいえる「神の行商人」ホイットフィールド、「森の賢者」ソロー、元大リーガーという異色の経歴を持つ異端の伝道師ビリー・サンデーなど、キャラの立った登場人物がたっぷり出てくる。その一人に「ビジネスマン的宗教家」のドワイト・ムーディがいる。

 

 順番が前後するが、反知性主義はキリスト教の「リバイバル(信仰復興)」という現象と深くリンクする。これは、キリスト教信者が自身の信仰や神の存在を強烈に感じる覚醒現象で、もともとは集団ヒステリーといってもいい。

 

 リバイバルは野外集会などの大規模イベントで、伝道師の説教を聞きながら起こる。平たく言ってしまえば宗教的な奇跡かもしれない。面白いのが、これがビジネスとすこぶる相性がいいことだ。

(中略)「リバイバル」という現象そのものは、寄せては返す波のようにこうして何度も繰り返す。そして、そうであるからこそ、リバイバルは成長ビジネスとなる。一度の回心で誰もが聖人になってしまったら、この商売はやがて行き詰まってしまうだろう。しかしリバイバルは、いわば同じ客に同じ商品を何度でも売ることができる。営業モデルとしては、あらゆるセールスマンの最高の夢のようなビジネスなのである。(p192)

 神の存在は感じられたり、感じられなかったりする。いったんリバイバルを体験したと思ったら、忘れてしまうこともある。だからこそ、リバイバルは何度も「売れる」。宗教は「同じ客に同じ商品を何度でも売ることができる」という意味で最強のビジネスモデルだという指摘は、とても面白い。

 

 ムーディはこの勘所をよく捉えていて、説教ではよく「帰り道には悪魔が『気の迷いだ』と囁くだろうから用心せよ」といっていたそうだ。リバイバルは失われるかもしれない。そのリスクをちゃんと織り込んでいた。 

 

 ますますアメリカが宗教の国でありビジネスの国であることに納得がいく。そして、反知性主義が熱病となって繰り返されることも不思議ではない。ジャクソンが現れた後に、いまとなってトランプ大統領が登場した。ここで終わりではないだろう。遠い未来、再び反知性主義のヒーローが誕生することは、十分にあり得るのだろう。

 

 今回紹介した本は、こちらです。

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

 

 

 

 トランプ現象は、ラストベルト、錆びついて取り残された工業地帯と、没落した白人中間層という観点からも語れます。彼らの困難を当事者目線で描く「ヒルビリー・エレジー」は格好の教科書になると思います。

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 トランプ政権を内幕を描いた本が「炎と怒り」です。これを読んだ時にも、トランプ大統領の存在は今回限りではないだろうな、と思わされました。

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