読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

この本に出会えてよかった2018

2018年は「出会えてよかったな」と思える本がいくつもあった。「ためになった」とか「面白かった」とかというより、人生のこのタイミングで読めてよかったな、そういう意味で「出会えてよかった」と。なんだか本は人に似ている。出会うべくして出会うことがあるなと感じた一年でした。本棚を見渡して、記憶を思い起こして、10冊チョイスしました。

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今年初めて参加してみた古本市の写真

1.「さよなら未来」

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この本を読んで「未来」に振り回されなくなったと思う。テクノロジーだったりサイエンスの最先端を扱う雑誌「WIRED」日本版の編集長をされていた若林恵さんのエッセイ集。なんだけど、そうした「未来的なもの」を突き放す姿勢、冷静に考え直す目線がある。それは透徹していると言っていい。

 

根底にあるのは、「未来」とは「想像できる未来」だけじゃないでしょうという問いかけ。たとえばビッグデータで子どもの適性を見抜けるようになったとして、そんな「合理的」「技術的」選択から、メッシのような驚くべき才能は現れるだろうかという話が出てくる。あるいは、いつの間にか「社会」が「経済」を動かすんじゃなく、「経済」の中に「社会」が組み込まれてしまった現状から未来を想像しているよね、と。その無自覚の前提は、本当に創造的なのかと批判する。

 

「未来などない、あるのは希望だけだ」という哲学者イヴァン・イリイチさんの言葉が鮮烈に印象に残る。未来に期待しすぎて、未来を至上しすぎて、いつのまにか人間が開発され消費される「材」になっていること。その足枷から抜け出すべく、希望を描きなおすこと。その大切さを言葉のシャワーで教えてくれる本だった。岩波書店。2018年4月19日初版。

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2.「これからの本屋読本」

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この本を読んでから、積ん読をするようになった。こんな一節がある。

 本との出会いもまた、人と似て一期一会だ。ぼくは、気になる本はなるべく、その場で買って帰るようにしている。もちろんどこで買っても一緒だから、著者名やタイトルだけをメモしておけば、あとでネットで買うことも、近所の本屋で買うこともできる。図書館で借りることもできてしまう。けれどその瞬間、その本が気になるときの「その感じ」は、もう二度とやってこない。(p35)

 著者の内沼晋太郎さんはこんな風に、本ってなんと素敵なのか、それを扱う「本屋」とはなんと面白い仕事なのかを丁寧な言葉で伝えてくれる。ページをめくるたびに本が、本屋が好きになれる。

 

内沼さんが言う「本屋」は、店舗を構えて新刊本を売る本屋だけじゃない。「本をそろえて売買する人」だけじゃなくて「本を専門としている人」も本屋だと。だから「人生に本屋を取り入れる」、そんな風に本屋的な生き方ができるんじゃないかと提案してくれる。もしかしたらこのブログも一つの本屋になれるかも、と希望が灯った。NHK出版。2018年5月30日初版。

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3.「ゲームの王国」

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今年一番最初に読んだ小説で、その瞬間に「今年一番面白かった小説になるかもしれない」と唸った。小川哲さんが「ハヤカワSFコンテスト」受賞後に放った長編。

 

すごいのは、SFってこういうことかという近未来世界や、新技術を柱にしつつ、舞台はカンボジアで、しかもポル・ポト政権の大虐殺というテロルを真正面からとらえていること。さらに片田舎の少年少女を主人公にして、土着の不思議な能力も織り込む。てんこ盛りなのに、乱れない。大河小説ばりの骨太なストーリーが全てを生かしきったまま、濁流のように読む方へ突っ込んでくる。SFってこんなに面白いのかと目を見開かされた。「ゲームの王国」読了後、SF作品を読む回数が格段に増えた。早川書房。2017年8月15日初版。

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4.「ハロー・ワールド」

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本を読むというより、本を「体験する」という感覚を味わえた。SF作品なんだけれど、「もう始まっている」という実感が伴った。同時に、一人のサラリーマンが世界にどう対峙できるかという「会社員小説」でもある。文字/文学/SFあらゆる意味での可能性を広げる、拡張性の高さに驚いた。

 

とまあ小難しく書いてみたけれど、端的に言えば「勇気が出る」。いまを生きること。この先へ歩くこと。そしてしがない会社員であること。著者の藤井太洋さんは、この物語で全てを肯定してくれているように思った。

 

帯にある宮内悠介さんの推薦コメントも痺れるし、この作品の熱量の全てを物語っている。「藤井太洋は諦めない。技術(テクノロジー)も、そして未来も」。講談社。2018年10月16日初版。

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5.「メゾン刻の湯」

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今年は「生産性」という言葉が粘っこくまとわりついた。誰に投げつけられたわけでもないんだけれど、花粉みたく日々いやーな気持ちにさせられた。小野美由紀さんの小説「メゾン刻の湯」はそんな違和感を吹き飛ばして、洗い流してくれた。

 

いろんな「生きにくい」若者が集まるシェアハウスを舞台にした群像劇。なんだか、応援したくなる。共感する、とはちょっと違う。むしろ共感というのが言うほどたやすくないことを伝えてくれる物語だ。読むことで自分の中にぽっかりいい感じの空気穴を持てる。深く深く、深呼吸ができるはず。ポプラ社。2018年2月10日初版。

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6.「広く弱くつながって生きる」

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「メゾン刻の湯」とセットで読むことで効用が増す、ジャーナリスト佐々木俊尚さんのエッセイ。読み終えると、「他人と関わって生きよう、だけど、ゆるくやろう」と思える。それは二つの意味で世に溢れる言説のアンチテーゼになる。まず「個としてブランディングしていく」ということ。そして、「共感をたくさん得て生きる」ということ。二つの軛(くびき)から自由にしてくれる。

 

もうひとつ、人生はピークハントではなくロングトレイルなんだ。だからその道中を楽しもうよ、という話も胸に残った。

 人生も同じです。通過点をゴールだと思いすぎたり、あらぬゴールを仮定して期待感を高めるから、かえって失望感や徒労感も大きくなります。峠を越える繰り返しにすぎないと認識し、いま歩いていることを楽しんだ方がよほど毎日が充実すると思います。(p180)

幻冬舎新書。2018年3月30日初版。 

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7.「あなたの人生の意味」

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書き出し・オブ・ザ・イヤー。この一文を読めただけでも、もう満足である。

 私は最近よく考えることがある。人間の美徳には大きく分けて二つの種類があるのではないかということだ。一つは履歴書向きの美徳。もう一つは追悼文向きの美徳。(p11)

そして著者であるニューヨークタイムズの名コラムニスト、デイヴィッド・ブルックスさんは、「人は履歴書向きの美徳を誇るけれども、ほんとうは追悼文向きの美徳こそがその人の人生を意味するんじゃないか」と語りかける。本当にその通りだ。どの学校を出てどの会社で働いたかよりも、あの人は勇気と優しさがあり、出会えてよかったと言われる生き方をしたい。

 

そのための根性論ではなくて、キング牧師を支えたラスティンや、アイゼンハワー、モンテーニュといった追悼文向きの美徳を磨いた歴史上の偉人の生き方を紐解くのがいい。この本を読んでからも当然、何度も見失って結局は履歴書向きの美徳を追いかけている。でもこの本があるから、立ち止まって、自分を戒められる。ハヤカワ・ノンフィクション文庫。2018年7月15日初版。

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8.「なぜ科学はストーリーを必要としているのか」

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ストーリー(物語)の力が、魅力が、ばしばしと伝わってくる。今年読んだ本の中でもずば抜けて、著者の熱量がにじみ出ていたように思う。ランディ・オルソンさんはまるで火の玉のようにストーリーへの愛を滾らせる。海洋生物学者というキャリアを放り出して、ハリウッドの映画監督に転じたというのも面白い。

 

学びがシンプルなのもいい。本当に大切なことはシンプルなんだろうなと思う。ストーリーの極意、それはABTだ。そして(And)、しかし(But)、したがって(Therefore)という要素をちゃんと組み込むことで、人を引き込むストーリーになる。たとえばオズの魔法使いはこう。

  • オズはカンザスで暮らしている。しかし、竜巻に吹き飛ばされ不思議の国に迷い込む。したがって、どうにかカンザスに戻ろうとする。

ちょっとかもしれないけれど、この本を読み終えてからは伝え方の物語性を意識できるようになった。慶應義塾大学出版会。2018年7月30日初版。

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9.「パリのすてきなおじさん」

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こんな風に生きたいと思った。こんなおじさんになりたいと。読み終えた後に湧き出るそんな感情が、宝物だと思う。作家・イラストレーターの金井真紀さんが、フランス在住の広岡裕児さんの案内でパリのいろんなおじさんと出会い、語らう「おじさん図鑑」。

 

なんと言うか、「普通」に頑張ろうと思えた。パリのおじさんはみんな、わりと普通だ。彫金師、カフェの店員さん、事務職員さん。でも、それぞれ人生で何が大切で、どう生きたいかはちゃんと見えている。それが言葉ににじみ出る。たとえば彫金師のフレデリックさんの言葉。

 「俺は細かいところまで丁寧でやりたいの。機会を使えば二時間でできる仕事を、手で百時間かけてやりたいわけさ」(p53)

もうこれだけで十分。この言葉を発せられる人生を歩けたというのがかっこいい。だから自分も頑張りたい。こんなおじさんになれるように。柏書房。2017年11月10日初版。

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10.「フィフティ・ピープル」

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まだ読みたてほやほやで、これから感想エントリーを書きたいと思う。年が終わるギリギリにも素晴らしい本に出会えるから、読書というのは侮れない、気を抜けない。

 

群像劇。ただし、主人公が50人もいる。もうその時点で面白いなと思って手に取った。一つ一つのストーリーは5ページとかそのくらい。連作短編集の形式で進む。

 

しかしまあ読むと深かった。この本のすごいところは、「誰かの脇役になる希望」をありありと描いていること。50人は自分のパートでは主人公だけれど、ほかのパートでは見事な脇役になる。時には名前さえない脇役になる。それがいい。すごく輝いて見える。誰かの人生に華を添えることは、こんなにも豊かなことなんだと教えてくれた。作者のチョン・セランさんはお隣韓国で注目の作家さんみたい。亜紀書房。2018年10月17日初版。

 

2019年も素敵な本に出会えますように。