読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

強いとはあなたがあなたでいることー読書感想「メンタルが強い人がやめた13の習慣」(エイミー・モーリンさん)

メンタルが強いとはどういうことだろうか?サイコセラピストでライターのエイミー・モーリンさん「どんな運命が降りかかろうとも、自分の価値観に従って生きること」と定義する。そして、その強さのためには何かを「する」よりも「やめる」ことが重要だという観点で「メンタルが強い人がやめた13の習慣」を世に問うた。

 

強いとは、困難に動じないことではない。鉄面皮のように、全てをねじ伏せ、誰にも傷つけられないことではない。強いとは「あなたがあなたでいることなんだ」とエイミーさんは語りかける。あなたが本当に大切にしたいものへ、エネルギーを注ぐために。「やめること」はネガティブではなくポジティブな営みだと教えてくれる。長澤あかねさん訳。講談社、2015年8月18日初版。

f:id:dokushok:20190601144437j:plain

 

メンタルが強い人がやめた13の習慣

メンタルが強い人がやめた13の習慣

 

 

最高の自分でいられる

定義次第では「メンタルが強い人がやめた13の習慣」という本の中身は相当にマッチョになっていたはずだ。成功者が語る生存バイアスにあふれた成功の秘訣。エイミーさんの語りはまったく違う。それは、エイミーさんの境遇が影響している。「はじめに」はこう始まる。

 私が23歳のとき、母が突然、くも膜下出血で亡くなった。

 健康で、頑張り屋で、はつらつとしていた母は、この世で過ごす最後の瞬間まで、人生を愛していた。亡くなる前の晩にも、私たちは会っていた。一緒に高校のバスケットボール大会を観戦していたのだ。母はいつものようによく笑い、よくしゃべり、人生を謳歌していた。それなのに、わずか24時間後には、もういないなんて。(p2)

エイミーさんのメンタル論は悲しみから出発する。理不尽な別れから始まる。だから優しい。驚くべきことに、エイミーさんはこの後、夫も突然失い、さらに大切な人を亡くす体験をする。「どんな運命が降りかかろうとも、自分の価値観に従って生きること」。そのメンタルの強さの定義は、自らに降りかかった「運命」に思いを馳せたものだったに違いない。

 

この定義を掲げる本書の最終盤、エイミーさんはローレンス・レミューさんというカナダのヨット選手を引き合いに出す。レミューさんはソウルオリンピックに出場した。当日、メダルに手が届きそうなレースの途中で、転覆したシンガポールチームの近くを通る。レミューさんは救助に加わった。賞レースを迷うことなく手放した。結果は27位だった。この姿勢こそ、「メンタルが強い」のだとエイミーさんは言う。

 どう見ても、レミューの自尊心は、「金メダルを取ること」に左右されてはいなかった。世の中やオリンピックから報われても当然、とも思っていない。メンタルが強いレミューは、たとえ本来の目標を達成できなくても、自分の価値観に従って生き、正しいと思うことをしたのだ。(中略)

 メンタルが強いというのは、「何が起こっても大丈夫」と知っていること。私生活で深刻な問題を抱えたり、お金がなくなったり、家族が不幸に見舞われても、メンタルが強ければ、最高の備えができている。どんな運命が降りかかろうと、人生の現実に対処できるだけでなく、自分の価値観に従って生きることができる。

 メンタルが強くなれば、最高の自分でいられる。正しいことをする勇気が持てるし、自分が何者で、何を達成できるかに対して、心からくつろいでいられる。(p266)

自尊心を誰かに左右させない。レミューさんがメダルに執着せず、自尊心に従って溺れた選手を助けたように、自分で大切なことを自分で選ぶこと。そのための「備え」がメンタルの強さだ。その結果、最高の自分でいられる。最高の選手でも、最強の選手でもなく、レミューさんが最高の自分でいられたように。

 

良い習慣より悪い習慣が左右する

レミューさんはメダルを追うことを「やめた」と見ることができる。ここに、本書の真髄が見える。大切なのは、溺れた選手を助けることと並行して、メダルを追うことを適切に迅速に「やめられる」ことだ。

 

エイミーさんはそれを「良い習慣よりも悪い習慣が人生を左右する」と表現する。

 良い習慣はたしかに大切だけれど、私たちが持てる力をフルに発揮できない理由は往々にして、悪い習慣にある。世の中のありとあらゆるよい習慣を身につけたところで、悪い習慣を温存していたのでは、目標になかなか到達できないだろう。こう考えてみてはどうだろう?

 あなたの一番悪い習慣が、あなたの価値を決めている、と。(p10)

良い習慣を積み重ねるよりも、悪い習慣をやめられるか、絡め取られないか。それが大切だという確信があるからこそ、本書はメンタルが強い人が取り入れた習慣ではなくやめた習慣を俎上にのせている。

 

何かをやめれば、何かを始められる

 たとえば第4は「どうにもならないことで悩む習慣をやめる」。冒頭、離婚後に久しぶりに娘と面会したのに、元妻の振る舞いにイライラして、せっかくの時間を楽しめない男性が登場する。「そんなことより、娘さんとの時間を大切にしなきゃだめだよ」というのが要旨になるけれど、エイミーさんは専門の心理学的エッセンスをちりばめて腹落ちさせてくれる。

 何に自分の支配(統制)が及び、何に及ばないかを判断するのは、それぞれの人の考え方だ。心理学では、その考え方を「LOC(ローカス・オブ・コントロール/統制の所在)」と呼んでいる。LOC(物事を支配する力)を外に置いている人は、人生は運不運に大きくされる、と考える。だから、「なるようになる、なるようにしかならない」と考えがちだ。(p 89)

どうにもならないことで悩む習慣は、LOCの置き方と捉え直すことができる。元妻にイライラする男性はLOCをもっと内側に置けば、「まあいっか」と思えるかもしれない。

 

12番目の「自分は特別だと思う習慣をやめる」を開いてみる。主役は26歳の若さで、がんによって命を落としたサラ・ロビンソンさんだ。サラさんはがんになった後、治療センターのそばに宿泊施設を建設しようと動き出す。亡くなった後は家族が思いを引き継ぎ、資金集めに動いている。

 サラは「がんになった私は報われて当然」なんて考えに、貴重な時間を1分たりとも使わなかった。自分が世の中に与えられるものを考え、見返りも期待せず、人々を助け続けた。(p239)

 

男性とサラさんに共通するのは、「なにかをやめれば、なにかを始めることができる」ということだ。元妻にイライラすることを手放せば、娘との今に集中できる。がんという過酷な運命を嘆くことを手放せば、誰かのために力を注ぐ余地ができる。立ち戻ればそう、レミューさんがメダルを手放したことで溺れた選手を助けられたことも同じこと。

 

やめることで、本当に大切なことへエネルギーを注げる。悪い習慣から目をそらさないことで、足を取られずにいられる。なるほど、メンタルが強い人は、「やめ上手」な人なんだと本書を読んで気づかされた。

 

今回紹介した本は、こちらです。

メンタルが強い人がやめた13の習慣

メンタルが強い人がやめた13の習慣

 

 

エイミーさんが苦しみの中から本書を編み出したように、苦渋を舐めた人の経験は胸の奥深くまで届く。シェリル・サンドバーグさんの「OPTION B」もそのような本で、ぎゃ今日でも折れない「レジリエンス」とは何かを学べます。

www.dokushok.com

 

何に意識を向け、感じるかが「幸せ」を左右する。やめることでエネルギーの余白がうまれることと、似ている気がします。そんな「幸せのメカニズム」を学ぶには「幸せな選択、不幸な選択」がオススメです。「幸福学」の泰斗ポール・ドーランさんの著作。

www.dokushok.com