読書熊録

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辞める時も辞めない時も大事なことー読書感想「決断」(成毛眞さん)

「決断」は会社を辞めるにしても辞めないにしても大事なことを教えてくれる。それは「判断軸」。「キャリアの時間軸を自らハンドリングすること」「仕事以外の『場』を持つこと」「ダメなスキルを溜めないこと」といったキーワードを学び、判断軸を養える本となっている。著者は元マイクロソフト社長成毛眞さん。現代を「産業ごと消える時代」と捉えて、先んじて斜陽産業となっているメディア業界をケーススタディにする。中年期(40〜50代)でキャリアの大きな決断をした「目利き」へのインタビューはざっくばらんで痛快だった。仕事は好きだけれど漠然とした不安を抱える人に参考になると思う。中公新書ラクレ、2019年6月10日初版。

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決断-会社辞めるか辞めないか (中公新書ラクレ 660)

決断-会社辞めるか辞めないか (中公新書ラクレ 660)

 

 

時間軸は自分で決める

決断に必要な判断軸を作るためにもっともコアなのは時間軸だ。成毛さんは終章で「時間軸を自分自身で決めよ」と語る。

 人生というものはどんなに綿密な計画を立てても、決して予定どおりにいかないものである。これまでに世界が歩んだ歴史が証明していることでもあるが、来るべき超高齢社会によって、これまで以上に外部環境が大きく変わるなら、それはなおさらだ。

 この本に登場した目利きの4人に共通していたこと。それは「キャリアの時間軸を自分自身で決めていた」ということに尽きる。40代だから、50代だからどう、ということではない。まして会社がこうだから、業界が今こうなっているから、ということでも決してない。(p229)

時間軸を自分で決めることで、外部環境の激変にも対応できる。この意識はミドルエイジだけでなく自分のようなアラサーにも重要だと思う。外部環境の変化、テクノロジーの進歩は幾何級数的である以上、時間軸を自分自身に引きつけることはどんどん大切さを増す。

 

裏を返すと時間軸を会社や業界に預けないこと。その大事さを端的に表しているのが、最初のインタビュイーになっている瀬尾傑さん。講談社からスマートニュースに移り、調査報道支援という実験的事業に従事している。

瀬尾さんが決断したのは50代前半だった。講談社に55歳まで勤めれば企業年金の受給資格が手に入ったが目もくれなかった。その理由をこう語る。

瀬尾 (中略)それともう一つ、今の仕事が成功したら、定年になったとしてもまた新しく声をかけられるかもしれない、とも考えました。新しいことに挑戦していれば、年をとっても、それなりに仕事はあるだろうって。60代、70代になっても好きなことができるのは、どちらの生き方かなって。

成毛 わかります。先を考えて50歳前後で辞める決断をした人って、信用力が増すと思うんです。何も考えずに60歳を迎えて退社した人と比べると、間違いなくチャレンジ精神は健在だし、逆に仕事仲間としては信用できるんだよね。(p40)

瀬尾さんの頭の中にあったのは、60代や70代でも「好きなこと」をやるために必要なキャリアの積み上げ方だった。そのためには、50歳過ぎでチャレンジしたい。たとえ企業年金や退職金があるとしても、55歳や60歳では時間がもったいない。この「もったいない」という感覚こそ、時間軸を自分で決めるということなんだ。

 

仕事以外に場を持つ

仕事以外で人と出会う場、思考する場、学びを獲得する場を持つこと。それが判断軸を養うためには不可欠なんだということも、「目利き」の言葉に耳を傾けると見えてくる。

 

日経新聞から独立してフリージャーナリストになった大西康之さんの場合は、息子の少年サッカークラブのコーチだった。40歳から続けて15年になる場で、日経にいては決して出会えない人に出会ったと大西さんは振り返る。

成毛 ハイヤーにふんぞり返っていたら見えない世界だね。

大西 ええ、全然知らない世界です。年収が200万円台だったりする若いパパでも、ちゃんと子どもにサッカー教えながら、家賃を払って、生活している。職人さんだと、梅雨の季節に仕事ができないから急にお金がなくなったりするわけで、「今週は2日しか働けなかったんです」なんて話を聞きながら、ああ、会社辞めてもなんとかなるんじゃないかな、って。(p117)

大西さんが言いたいことは「お金がなくても幸せだ」ということとは少し違う。当時、自分が立っていた日経のエグゼクティブな世界から踏み出すことで揺さぶられた。その結果、「別にここに固執しなくてもいいんじゃないか」と肩の力が抜けた。その「ゆるみ」の大きさを語ってくれている。

 

会社に「残る決断」をして週刊東洋経済の編集長になった山田俊浩さんはアマチュアオーケストラを続けてきた。オーケストラの息の合わせ方が、仕事でのコミュニケーションに活かせることを学び取ってきた。

山田 そもそも、オーケストラの雰囲気には、会社組織に通じるものがあると思います。オーケストラは機械ではありません。だから「こちらのボリュームは80%で」「そつらは100%で」といった正確な指示や合わせ方もできなければ、正解も存在しない。結局、その場での雰囲気を見て、調整するしかない。それこそ相撲の間合いと一緒で、感覚で合わせているようなところがあります。ある人がソロを、ということになったら、ほかは音を小さくしたりして。それでソロがとてもうまくいったらみんなでワッと褒めて、もし失敗しても見逃したり、カバーしたり。ある程度、やるべき形が決まっているのですが、そんなかでは存分に自由。まさに会社です。(p194−195)

失敗したら見逃したりカバーする、というのが面白い。失敗したら叱るとならないのが、生の学び。それを言語化できるまで身につけているのは、山田さんがオーケストラに一生懸命な証左だと思う。そして学びは仕事にフィードバックされていく。多層的な判断軸が形成される。

 

ダメなスキルに要注意

判断軸を形成することは裏を返すと、環境依存的な自分になっていないか、警戒を怠らないということでもある。シンプルにいうと、タコツボ的な「ダメなスキル」を溜め込まないようにしたい。

 

大西さんは日経のデスクをしているときに「やばいスキルが資産として溜まってきたな」と危機感を抱いたと振り返る。

大西 さらに「あの局長が相手なら、このタイミングでわざと怒らせた方がいい」とか、「あの人は根回しをしておけば大丈夫」とか。役立たないスキルばかりを覚えていくのですが、そっちで積み重なった資産が、ジャーナリストや記者として積み重ねてきた資産を超えてしまうと、その瞬間、ジャーナリストでも記者でもない、別の人間になってしまう。ああ、やばいスキルが資産として溜まってきたな、これ以上ここにいると、自分が嫌うあちら側の人間になってしまうな、と。ただ、こうした構造は、ある程度大きな組織ならどこでも同じだろうと思います。(p108−109)

上司への根回しという大事でないスキルが、ジャーナリストとしての取材力や好奇心を超えてしまったら。それはもうジャーナリストじゃない、というのが大西さんの結論だった。

大西さんの言う通り、自分が本当にほしくないスキルばかりが積み重なる構造は会社組織の抱える普遍的な「病理」だと思う。時には嘘をつくと言うか、うまく「世渡り」する必要がある。内輪なスキルを追求する必要がある。でもそれに終始すると、「なりたい自分」が死んで「嫌いだった自分」だけになる。ゾンビになってしまう。

 

ダメなスキルを溜め込まないためには「遊び」が必要なんじゃないか。それは日経BP社からまったく異世界である東京工業大学の教授職になった柳瀬博一さんのインタビューから感じた。

柳瀬 まったく。あらゆる仕事は面白いと思えば、大抵は面白いし、つまらないと考えたら、大抵つまらない。たまたま、そのときに居合わせた人や組み合わせで面白いときもあればつまらないときもある。つまらないときはさっさと退散して、映画を見にいったり、誰かと飲みに行けばいい。(p164)

会社は居合わせた人 、組み合わせの妙で面白い時もあればつまらないときもある。その外部環境に過度に振り回されなくていいんじゃない、と柳瀬さんは指摘する。つまらないなら「退散」すればいい。それは逃げることとは違って、一回引いてまた向かっていけばいいということだ。柳瀬さんのこれに続く発言にも目を向けたい。

柳瀬 自分というのは、マーケット全体からすれば、ものすごく小さな存在。だからどの仕事を選んだところで、基本的にはその人一人のサイズからしか始まらないわけです。仕事を選ぶ権利を持つ人は、そのジャンルでの「天才」であることが前提。でもほとんどの人は僕も含めて「凡人」だから「仕事を自由に選べる」というのは、そもそもどこかで勘違いした考えだと僕は思っています。(p165)

わたしたちは小さな存在だ。凡人であって、どんなに気張っても「自分」というサイズからしか仕事は始まらない。判断軸を持つとは、この凡庸さをしっかり受け止めることがスタートな気がしている。凡人であると戒めている人は、会社の根回し力だとか出世スキルに絡め取られることはきっとない。そのとき、小さくとも確固たる判断軸が輝き出すんだ。

 

今回紹介した本は、こちらです。

決断-会社辞めるか辞めないか (中公新書ラクレ 660)

決断-会社辞めるか辞めないか (中公新書ラクレ 660)

 

 

外部環境に囚われないことと、外部環境を学ばないことは同義ではなくて、むしろ囚われないために学ぶことが大事なんだと思います。成毛さんが言う「産業ごとなくなる時代」を学ぶには、井上智洋さんの「純粋機械化経済」がおすすめです。AIがもたらす産業革命の実態が理解できます。

www.dokushok.com

 

成毛さんの著作はどれも読みやすく、それでいて時代の最先端に触れられます。「『STEAM』が最強の武器である」はもう2年前の著作で、いまやその内容は常識として語られていますが、なお古びてない。成毛さんの先見の明が感じられる一冊です。巻末のSF小説リストもありがたい。

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