読書熊録

本に出会う歓びを、誰かと共有したい書評ブログ

2018-01-01から1年間の記事一覧

明日ここに留まれないとしてもー読書感想「マレ・サカチのたったひとつの贈物」(王城夕紀)

意思に反して、突然、世界のどこかへテレポーテーションしてしまう奇病「量子病」になった女性の物語。王城夕紀さんの「マレ・サカチのたったひとつの贈物」は、SFの世界観の中で、明日にもその場に留まれず、何も「残せない」「積み上げられない」生に意味…

何度でもその日に備えるー読書感想「働く大人のための「学び」の教科書」(中原淳)

大人になったら誰も、「勉強の仕方」を教えてはくれない。だから私たちは、本書「働く大人のための『学び』の教科書」を開くのだ。 人材開発、リーダーシップ開発をアカデミックの目線で研究してきた中原淳さん(出版時:東京大学・大学総合教育研究センター…

起業家けんすうさんが質問箱でオススメされた本24冊+αを意地でまとめてみた

起業家のけんすうさん(Twitter: @kensuu)の3万超のツイートをひたすら遡り、匿名Q&Aサービス「質問箱(peing.net)」、同種サービス「Sarahah」でオススメされた本をまとめたのがこのエントリーです。ついでに、普段のツイートで紹介された本もプラスアル…

命を奪うことを肯定する女ー「そしてミランダを殺す」(ピーター・スワンソン)

殺人計画の物語の顔をして、殺人計画「から」始まる物語だった。米国人作家ピーター・スワンソンさんのミステリー「そしてミランダを殺す」は転がるほどに予想外の軌道を描く。空港で出会った美しい女に、妻ミランダの不貞を打ち明ける。「ぼくは妻を殺すつ…

我々はまだ明日であるー読書感想「昨日までの世界」(ジャレド・ダイアモンド)

伝統社会は、実はほんの「昨日」でしかない。人類生態学者ジャレド・ダイアモンドさんの「昨日までの世界 文明の源流と人類の未来」は、人類の過去と現在をつなぐ回路を読者に開いてくれる。21世紀の我々が、狩猟社会や農耕社会に学ぶことはあるだろうか?…

ゴッホが本当に描きたかったものー読書感想「たゆたえども沈まず」(原田マハ)

ああ、この物語の世界が終わってしまう。先を読みたい気持ちと、終わりに近づく悔しさと、「たゆたえども沈まず」を読んでいる間に気持ちが行ったり来たりする。「楽園のカンヴァス」などアートを題材にした小説を多く書かれている原田マハさんが本作で取り…

医師の視点ー読書感想「崩れる脳を抱きしめて」(知念実希人)

知念実希人さんは作家であると同時に内科医であり、「崩れる脳を抱きしめて」は医師の視点がピリッと効いたミステリーだと感じた。神奈川県葉山町の海辺にある、高所得者向けの療養病院。抱えた過去から出世にこだわる研修医と、若くして脳に「時限爆弾」を…

システム1は止められないー読書感想「ファスト&スロー」(ダニエル・カーネマン)

人間には2つのシステムがある。それがノーベル賞を受賞した経済学者、ダニエル・カーネマンさんが「ファスト&スロー」で伝えてくれる、一番シンプルで、一番ドラスティックな教訓だ。「システム1」は働き者で、ファストな判断をしてくれるものの、様々な…

ままならない人生だけどー読書感想「キラキラ共和国」(小川糸)

「そりゃ、生きていくってことは、大変よ。ままならないことばっかりなんだもの」。小川糸さんの「キラキラ共和国」は、あっけらかんとしたメッセージに溢れている。鎌倉にある「ツバキ文具店」は、手紙を代わりに書いてくれる「代書屋」でもある。シリーズ…

学ぶと楽しく生きられるー読書感想「『行動経済学』人生相談室」(ダン・アリエリー)

勉強が苦手だというひとには、この「『行動経済学』人生相談室」をおすすめしてみてほしい。深夜ラジオのように、学者さんのダン・アリエリーさんが様々なお悩みに答えてくれる。彼の専門、行動経済学は、恋から資産運用、引っ越しもお昼のビュッフェも、ち…

停滞から循環にー読書感想「AIとBIはいかに人間を変えるのか」(波頭亮)

人工知能(AI)とベーシックインカム(BI)が組み合わさったとき、停滞した社会は再び循環を始める。戦略コンサルタント波頭亮さんの「AIとBIはいかに人間を変えるのか」は、そんな可能性を示す。AIは知的パワーを代替し、人間はギリシア時代のように「真・善…

トランプ氏はピッコロかもしれないー読書感想「炎と怒り」(マイケル・ウォルフ)

もっとも衝撃的だったのは、まだ彼が「第1章」かもしれないということだ。本人から出版差し止めも示唆され、ベストセラーとなった「炎と怒り トランプ政権の内幕」。トランプ氏とはどんな人物か、だけではなく、一体誰が彼を支え、あるいは利用しようとして…

殺し屋が愛を知ったらー読書感想「AX アックス」(伊坂幸太郎)

殺し屋が愛を知ったらどうなるのか。それでも殺し続けるのか。愛に生きる、生き直せることはできるのだろうか。小説「AX(アックス)」は伊坂幸太郎さんらしい軽妙な物語の運びながら、深淵には重厚なテーマが流れる。最強無敵の殺し屋「兜」は、なぜか恐妻…

「みんな」の呪縛ー読書感想「かがみの孤城」(辻村深月)

思春期の心のひだをここまで言葉にできるなんて、辻村深月さんはすごい。長編「かがみの孤城」を読んで、思わず舌を巻く。それぞれの理由で学校に通えない7人の中学生。ある日、閉じこもった部屋に置かれた鏡の「向こう」に招かれると、そこには美しく静か…

撤退の時代にできることー読書感想「コミュニティ」(ジグムント・バウマン)

「関与」の時代だった近代は終わりを告げ、「撤退」の時代を迎えている。その渦中で、果たしてコミュニティは維持できるのだろうか。あるいは理想的なコミュニティを構築できるだろうか。2017年に亡くなった社会学者ジグムント・バウマンさんが「コミュ…

1手ごとに混沌ー読書感想「盤上の向日葵」(柚月裕子)

将棋は1手ごとに複雑になる。将棋を題材にした柚月裕子さんのミステリー小説「盤上の向日葵」もページをめくるごとに混沌とする。山中から見つかった殺人遺体、一緒に見つかった超希少な名駒。警察が目を向けるのは、実業界から将棋界に転身した天才棋士。…

奇跡があると信じてみることー読書感想「百貨の魔法」(村山早紀)

魔法ってあるんじゃない。奇跡があってもおかしくないかも。そう信じられることが希望であり、奇跡だ。魔法だ。村山早紀さんの小説「百貨の魔法」を開いて、閉じて。感じたものは、そんなふうな穏やかな光だ。 戦後復興の象徴として慕われた地域の百貨店。従…

科学報道と社会ー読書感想「10万個の子宮」(村中璃子)

医師でありジャーナリストの村中璃子さんが出版したノンフィクション「10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか」は、科学報道(サイエンス・ジャーナリズム)と社会の関係性を考えさせられる。村中さんは副反応を訴える少女た…

暮らしにバラをー読書感想「僕らの社会主義」(國分功一郎・山崎亮)

食卓にバラを飾るように、暮らしに楽しさを自給しよう。國分功一郎さん、山崎亮さんの対談本「僕らの社会主義」はそう提案する。2人が語り合うのは、社会主義を「料理のスパイスのように」使う方法だ。いろんな思想家が登場するけれど難しくない。彼らの思…

ポスト・ディストピアー読書感想「ユートロニカのこちら側」(小川哲)

これはディストピア小説を超えたポスト・ディストピア小説だ。小川哲さんのSF小説「ユートロニカのこちら側」は、読者に新しい地平を見せる。あらゆる情報を吸い上げる代わりに、極上の生活と、完璧な安全を保証した理想都市。そこで生きることは幸福以外…

悩むより考えるー読書感想「イシューからはじめよ」(安宅和人)

問題を前に悩むより、それが本当に「問題か」を考えよう。ヤフー・チーフストラテジーオフィサーの安宅和人(あたか・かずと)さんの「イシューからはじめよ 知的生産の『シンプルな本質』」は、「問題解決」以前の「問題設定」の重要性を説く。そのイシュー…

信じなくてもー読書感想「星の子」(今村夏子)

宗教とは何か。宗教を信じるとは、あるいは、「宗教を信じる人」を信じるとは。今村夏子さんの小説「星の子」は、傍目には「あやしい宗教」にしか見えないものへのめり込む両親と、その子どもの日常をふわっと切り取る。物語だからこそ、断罪するでもなく、…

せいこうさんだからこそー読書感想「「国境なき医師団」を見に行く」(いとうせいこう)

ジャーナリストではなく、作家だからこそ、いとうせいこうさんだからこそ、こんなにも伝わる「何か」がある。「『国境なき医師団』を見に行く」は、いとうせいこうさんがハイチ、ギリシャ、マニラ、ウガンダにある国境なき医師団の活動現場を訪問し、見たも…

国難を国恵にー読書感想「日本再興戦略」(落合陽一)

国難を、国の恵みにすることは可能である。 落合陽一さんの最新著作「日本再興戦略」は、そう高らかに歌い上げる。少子高齢化を「チャンス」と捉える。テクノロジーを学び、「機械と人間の融合」の可能性を受け止める。そして「ポジションを取り」、逐次的に…

日本を焼け野原にー読書感想「オールド・テロリスト」(村上龍)

「本当に日本全体を焼け野原にすべきなんだ」。大戦を経験した意気盛んな高齢者が、義憤を燃やし、テロをも辞さず、と立ち上がったら。村上龍さんの文庫最新作で、1月10日に発行された「オールド・テロリスト」はそんな思考実験の物語だ。「満州国の人間…

なぜストレスが溜まるのか?ー読書感想「STOP STRESS」(マリーネ・フリース・アナスンら)

なぜストレスは溜まるのか? どうすればストレスをコントロールしながら働けるのか? その疑問に理論的な回答をくれたのが、「STOP STRESS 北欧の最新研究によるストレスがなくなる働き方」だった。長年、デンマークなどでストレスを研究してきたマリーネ・…

スキマの力ー読書感想「うしろめたさの人類学」(松村圭一郎)

息苦しいなら、スキマをつくればいい。文化人類学者・松村圭一郎さんの「うしろめたさの人類学」は、日本の社会に閉塞感を感じる人に、言われてみればシンプルなアイデアを投げかけてくれる。絡まった糸を解きほぐすきっかけに、松村さんが専門のエチオピア…

本に迷った時に頼れる「本の雑誌」

最近、「本の雑誌」さんを手に取り始めた。もうすぐバックナンバーになってしまうかもしれないが、2018年1月特大号(No.415)「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」は、紹介された本を実際に読んでみると傑作ばかり。増刊号の「おすすめ文庫王国2…

新封建制・雇用破壊・無責任ー読書感想「インターネットは自由を奪う」(アンドリュー・キーン)

これだけ便利なインターネットを礼賛することこそ簡単だが、反対に批判することは難しい。アンドリュー・キーンさんは、それを徹底的にやってのける。著書「インターネットは自由を奪う 〈無料〉という落とし穴」は、現在のネット経済を牽引するグーグルやフ…

手触りのある思考ー読書感想「あるノルウェーの大工の日記」(オーレ・トシュテンセン)

手を動かしながら考えるとは、どういうことか。「あるノルウェーの大工の日記」はタイトル通り、北欧のノルウェーで大工の親方をしているオーレ・トシュテンセンさんが日々の仕事や、そこで巡らせた思考を記録している。その思考が面白い。土埃がついて、傷…